まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(この腕は、夫婦円満を周囲にアピールするため、よね?)

 わかっていても照れくさく、勝手に頬が色づいた。

 船は小さく遠ざかり、これで閉幕である。

「海を見ると開放的な気分になれる」

 心地よさそうに潮風を受けるアドルディオンの言葉に頷いた。

 久しぶりの海はパトリシアも嬉しいが、王都の海には透き通るような青さがない。

(殿下に村の海を見せたい。きっと感動するわ)

 夫婦で故郷の海を眺められたらどんなに素敵だろうと思ったが、願いが叶う日は来ないと知っている。

 護衛に囲まれて馬車まで歩いて引き返す。その途中、大勢の市民たちの歓声が聞こえた。

「王太子妃殿下ー!」

「パトリシア様、お顔を見せてください!」

 王太子よりもパトリシアにかけられる声が多く、驚いて足を止めた。

「人気者だな」とアドルディオンがクスリとする。

 公務では努力しているつもりだが、民の支持を得られるような特別なことはしていない。

 王家に嫁いでまだ三か月ほどなので、新鮮で珍しく思われるのだろう。

 戸惑ったけれど喜んでもらえるならと思い、アドルディオンに願い出る。

「もう少し、皆さんに近づきたいです。顔を覚えていただけるように」

「いいだろう」

 前を歩いていた護衛兵を下がらせ、夫妻は人垣の方へ進む。