まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 子供が騒いで兵士に注意されている様子がチラリと見えた。

(みんなが殿下を見ている。殿下は街の人に慕われているのね。私も一応、王族になったのだから、日傘に隠れず顔を出そう。ご挨拶の意味で)

 アドルディオンの挨拶が終わるとファンファーレが鳴り響き、布が外されて船名があらわにされた。

 平和を意味するラテン語だという船名をつけたのは彼である。

 拍手が湧く中で、船乗りたちが忙しく進水作業を始めた。

 空に突き出した煙突から煙が立ち上ると、やっとパトリシアの出番だ。

 船はロープで繋がれており、それを銀の斧で断ち切るのだが、女性が担う慣例があるのだそう。

(えいっ)

 ロープはつるされた酒瓶にも繋がっていて、振り子のように落ちてきたシャンパンが船首に当たって割れた。

 この船の長きに渡る航海の無事を祈る儀式だ。

船は迫力のある音を立てて船尾から海へとすべり出し、入水すると水飛沫と歓声が沸く。大きな汽笛が港に鳴り響き、巨大な船体がゆっくりと港を離れていった。

 紙吹雪が舞い、管楽器や打楽器の演奏と拍手で見送られる船はどこか誇らしげに見えた。

 明るいセレモニーは楽しくて、船に向けて夢中で手を振っていると、隣に来たアドルディオンに肩を抱かれた。

 たちまち鼓動を高まらせるパトリシアとは違い、彼は平然としている。