まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 黒に水色のラインが映える船体は夏の日差しを浴びて輝き、蒸気船のシンボルである大きな煙突が突き出していた。

 船名が書かれた部分は布で隠され、デッキは色とりどりのリボンや旗で華やかに飾られている。

 交易船だというこの船は、有事の際の軍事転用も考えて設計されているらしい。

 それは昨夜ベッドの中でアドルディオンが聞かせてくれた話で、有事とは戦争のことだ。

 この先も平和な世が続くはずだと根拠もなく思っていたため驚き不安になったが、彼は妻の髪を撫でてすぐに安心させてくれた。

『万が一の話だ。戦争にだけはならないよう外交に注力し、他国と友好関係を築いている。国内の貴族をまとめる方が難しいかもな』

 政治とひと言で言っても課題は複雑で多岐に渡る。

 頂点に立って指揮するアドルディオンの苦労を想像し、頼もしくも感じていた。

 進水式が始まる。

 船の前には赤絨毯が敷かれ、演台が設けられていた。

 壇上の王太子の挨拶を聞くのは、整列した兵士が二百人ほどと、貴族や社会的地位の高い招待客たち百人ほどである。

 パトリシアは演台から数メートル離れた場所に立っており、係の者に日傘を差しかけられて断った。

 日焼けをしても、鍔が小さめのこの帽子だけでいい。

 港には遠巻きに一般市民、百人ほどの姿もあり、近寄れなくても真新しい船と王族が見たくて集まったようだ。