まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 形だけの妻なのでアドルディオンと心を通わせる日はこないと思っていたのに、彼を身近な存在に感じ始めていた。

 支度を終えた王太子夫妻は、侍女と近侍、複数の使用人たちに見送られて馬車に乗って出発する。

 広い王都を南西へと四十分ほど移動して国内一の大きな港に到着した。

 パトリシアがここに来るのは初めてだ。

 馬車から下りると潮の香りがし、故郷の海を思い出す。

 小さな村にも商船が停泊できる港があって立派だと思っていたが、王都はその何十倍もの規模だ。

 整備された波止場に多くの船が並び、積み荷を保管するレンガ造りの倉庫が二十棟以上ある。国軍の管理棟に、巨大な灯台もそびえていた。

(こんなに大きい港があるなんて)

 感嘆の息をつけば、アドルディオンに手を差し出された。

 鼓動を高まらせて重ねた手を腕にかけられる。

 生まれながらの貴族はエスコートに慣れていると思うが、腕を組んで歩くことにパトリシアはまだ緊張する。

(これは王太子妃の仕事よ。ドキドキするのはおかしいわ。殿下を見習って私も堂々としないと)

 背筋を伸ばし、整列する兵士の間を進む。

 進水式を迎える大型船は船首をこちらに向けて船台にのせられていた。

 海面まで緩やかな傾斜がついた船台には船をすべらすためのレールがついている。