まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「あの、演技力はないのですが、仲のいい夫婦だと思われるよう精一杯努力します」

「演技、か」

 不満げに復唱されたが、すぐに「そうだな」と彼が口角を上げた。

「ならば俺に慣れてもらおうか」

「あっ!」

 引き寄せられて首の下に腕を差し入れられた。

 目の前には上下する喉仏があり、腕や胸の逞しさを薄布越しに感じる。

 呼吸を忘れて目を丸くしていると、フッと笑ったような声が額にかかった。

「驚いても息は止めるな。窒息するぞ」

「は、はい。あの、あの……」

「純朴だな。君には都会よりも海や緑が似合う気がする」

「田舎者ですみません」

「純朴は褒め言葉だ。そのままの君でいてほしい。汚す気はないから今夜は安心して眠れ」

 手を出さないと再び約束してもらいホッとしたが、同時に寂しさも感じた。

 夫婦なのに愛されていないのが悲しい。

(前はそんなこと考えもしなかったのに、どうして?)

 母の入院治療費さえ保証されれば一生、愛のない妻でいいと決めていた。

 出自を偽っているにわか貴族なので、王太子の彼に愛される資格もない。

 しかし密着する体から伝わる温度に、もし愛がこもっていたなら、心まで温かくなったのではないかと残念に思うのだ。



 時刻は九時になったばかりだというのに、夏空から強い日差しが降り注いでいる。