まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 ペンダントトップは故郷の海の色に似た石で、子供の頃からいつもつけている。

 これを外したのは豪華なネックレスをつけなければならなかった舞踏会と結婚式、それと今だけだ。

 慣れ親しんだ感触が胸元から消えると、さらに落ち着かない気持ちにさせられた。



 柱時計が時を刻む音だけが響く。

 豪華に整えられた寝室に入ってから三十分ほどが経過し、まもなく二十三時になろうとしていた。

 パトリシアはその間ずっと、天蓋付きのベッドの傍らに立ち尽くしている。

 広々とした真新しいベッドはオイルランプに照らされてやけになまめかしく見え、腰かけることもできない。

(落ち着かないと)

 深呼吸をするのは五度目である。

 湯あみしたのは三時間も前なのに肌が火照り、まだ無垢な自分の体を意識してしまう。

 光沢を放つネグリジェに振りかけられた香水が甘く鼻腔をくすぐり、〝ともに寝る〟という行為を必要以上に意識させられた。

 寝室には廊下に繋がるドアの他に、それぞれの私室に通じるドアがある。

 ドアの隙間に光が見えるので、アドルディオンは私室にいるのだろう。

 落ち着くどころか鼓動は高鳴る一方だ。

 ネックレスのない寂しいネグリジェの胸元を握りしめる。

(大丈夫。今夜から同じ部屋で寝るというだけであって、体を重ねるわけじゃない。緊張しなくてもいいのよ)