まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 早い時間に知らせに来たのは、こちらの準備を気にしてのことだったようだ。

 振り返らずに低い声で言ったアドルディオンが、足早に雨の中へ出ていった。

 雨は夕方に上がり、カーテンを引いた窓の外には月が輝いている。

 ここは大邸宅の四階、東棟の奥まった場所で、パトリシアは新たに設けられた王太子妃の私室で過ごしている。

 豪華なソファセットに鏡台、キャビネットなどは離宮で使用していたものと似たデザインで、部屋の色調も同じにしてあった。

 その配慮があっても落ち着かず、ソファに座ったり立ったりしてソワソワしている。

 柱時計は二十二時を示していた。

「パトリシア様、そろそろ寝支度をして寝室に行きましょう」

 エイミがキャビネットから寝間着を出しながら言った。

 侍女の部屋も同じ棟に用意されていて、下がって休んでほしいと何度か言っているのに首を横に振られた。

「着替えは自分でできるわ。引っ越しで疲れたでしょう。エイミはもう休んで」

「私はパトリシア様の侍女です。主人が初夜を迎えるというのに、手伝わないでどうするんですか。やらせてください」

 昼過ぎにアドルディオンが離宮の閉鎖を言い渡しに来た時、エイミは階段の途中で聞き耳を立てていた。戸惑うパトリシアとは違い、これでやっと普通の夫婦生活が始まると喜び意気込んでいる。