思わず首をブンブンと横に振ったら、父の機嫌を損ねてしまった。
「努力もせずにできないと言うのではあるまいな?」
冷たい声で言われて背を向けられ、焦って言い訳する。
「いえ、違うのです。努力はいたします。ですが――」
「お前が王太子妃に選ばれたなら、クレアが完全に回復するまでの治療費と、その後の生活費の援助も約束しよう」
(それって、花嫁になれなかったら、これ以上の治療費は出さないという意味? 選ばれるはずないのに、そんなのひどいわ)
目の前が真っ暗になるような心地がした。
泣きそうな娘に振り向いた伯爵が、片方の口角をつり上げる。
「女は愛嬌も大切だ。にっこりと上品に可愛らしく笑いなさい」
(今は無理よ)
「いい報告を期待しているぞ」
(それも無理……)
ククッと笑う伯爵が後ろ手を組んでリビングを出ていき、煩わしそうな目で妹を一瞥したロベルトも後に続く。
ひとり残されたパトリシアは、病床の母の青白い顔を思い出して泣きそうになっていた。
時刻は十七時。舞踏会への出発の時刻が迫っている。
パトリシアは二階の自分の部屋で侍女に髪を結ってもらっていた。
「だいぶ伸びましたね。色んなアレンジができるようになって、お嬢様の髪をいじるのが楽しいです」
落ち込むパトリシアを励まそうとしてか、侍女は明るく話しかけてくれる。



