まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 近侍がアドルディオンに耳打ちしている様子を、パトリシアは黙って見守る。

(席を外した方がいいのか聞きそびれた。次からは気をつけよう。それにしても――)

 ジルフォードは暑い日でも上着をきっちりと着込み、汗ひとつかいていない。

 革靴は磨かれたばかりのように艶やかで、結わえている黒髪は少しの乱れもなかった。

 潔癖なところがあるのだろうか。知的で真面目な雰囲気もあり、主君からの信も厚そうだ。

 顔立ちは端整で、美麗なアドルディオンと並ぶと絵になる。

 耳に口がつきそうなほど近距離で話す近侍と、それを当然のように許しているアドルディオンを見ているとパトリシアの頬が染まった。

 思い出しているのは、先々月に叔母から差し入れられた『禁断の蜜月回顧録』というタイトルの本だ。

 際どい挿絵に赤面したが、いただいておきながら開かないのは失礼だと思って少しずつ読み進め、昨夜やっと最後のページにたどり着いた。

 内容もなかなか過激で、しかし涙する場面もあり、気づけば道ならぬ男性ふたりの恋を応援していた。

 その物語の主人公も黒髪だったからか、ジルフォードと重ねて見てしまう。

(内緒話をするにしても近すぎない? もしかしてジルフォードさんは殿下を……)

 禁断の片想いではないかと疑った直後に、ハッと間違いに気づいた。

(片想いではなく両想いよ)