まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

(やっぱり殿下は怒らない。同じ貴族でもお父様とは違うのね)

「君が焼いた菓子はどんな味がするのだろう」

 相槌と同程度の返しだとは思わず、パトリシアは喜んだ。食べたいと言ってもらえた気がしたのだ。

 すぐに呼び鈴を鳴らしてエイミを呼ぶ。

「私が焼いたマドレーヌを持ってきてほしいの」

「かしこまりました」

「いや、俺は――」

「今朝、孤児院への差し入れにマドレーヌを焼いたんです。張りきって作りすぎてしまい、まだいくつか残っています。ですからご遠慮なく」

 説明している間にエイミが戻ってきた。

 走ってきたようで少々呼吸を乱しつつ、バターの香りがする貝の形をしたマドレーヌをふたつ、アドルディオンの前に置く。

 その顔には隠しきれない喜びが浮かんでおり、夫婦睦まじいのがたまらなく嬉しいと言いたげだ。

 弾むような足取りでエイミが退室すると、パトリシアはマドレーヌを勧めた。

「どうぞお召し上がりください」

 エイミに負けず劣らずの笑顔である。離宮のコックに味見をしたもらった時、高評価をもらったので自信があった。

 子供たちは大喜びで競って食べてくれたし、アドルディオンもきっと美味しいと言ってくれるはずだ。

 しかし期待に胸を膨らませて待っているのに、彼は手をつけようとしない。

 真顔なので心情がわかりにくいが、どことなく困り顔にも見えた。