まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 彼女も誰かのお見舞いに来たようで、バラの花束と高級フルーツがこぼれそうなほど詰められたバスケットを従者に持たせていた。

(気づかれたら困る)

 動揺しているパトリシアに従者が厳しい目を向けた。

「詫びないのか? 無礼な娘だ。お前がぶつかったこのお方は――」

「おやめなさい。人が見ているわ。我が家の評判を落とさないで」

「はっ。申し訳ございません」

「ぶつかって失礼いたしました。あなたもお怪我はないようね。あら? その制服。あなたは王城で働いていらっしゃるの?」

 問いかけられて焦りながら、パトリシアは小声で返事をする。

「そ、そうです。メイドです。あの、お嬢様にぶつかって申し訳ございませんでした。それでは失礼します」

 顔を上げずに脇をすり抜けようとしたら、横顔に視線が突き刺さった。

「お待ちになって」

 背後から上品な声で呼び止められる。

「どこかでお会いしなかったかしら? もっとよくお顔を見せていただけます?」

「す、すみません。急いでいます」

 病院から飛び出してもなかなか焦りが引かず、夕暮れの街を走り続ける。

(バレなかったよね?)

 エロイーズとは昨年の舞踏会で会った以来である。

 名家の令嬢なので結婚式に招待されたはずだが、列席者の中に彼女の顔はなかったように思う。