まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 不在の間、私室にこもって読書していることになっており、もし誰かが訪ねてきたらエイミが対応して時間を稼いでくれる。秘密の外出なので長居できなかった。

「お母さん、また明日ね」

「来てくれてありがとう。でも無理しなくていいから」

 断っても階段の下り口まで送ってくれた母が、ゆっくりとした歩調で病室に引き返す。

 病院内を歩くのがやっとのようだが、ベッドからひとりで起き上がることもできなかった一年前を思えばかなり回復したと言えよう。

(あのまま村にいたらどうなっていたことか。王都の病院に入院できてよかった)

 母が健康を取り戻せるなら、どんな苦労も厭わない。

 娘を伯爵家がはん栄するための道具にした父にさえ、今は感謝の気持ちが湧く。

 階段を下りて病院の出入口に向かっていたら、廊下の曲がり角で前から来た人と出会い頭にぶつかってしまった。

「キャッ」

 驚きの声は身なりのいい若い女性のものだ。

 パトリシアが謝るより先に、斜め後ろにいた屈強そうな男性が女性を心配する。

「お嬢様、お怪我はございませんか?」

「ええ」

 ハッとしたパトリシアは、慌てて隠すように顔をうつむかせた。

 ブロンドの髪に灰赤色の大きな目、お嬢様と呼ばれた女性に見覚えがあったからだ。

(ハイゼン公爵家のエロイーズさんだ)

 男性は護衛兼、荷物持ちの従者と思われる。