まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

「それでね、叱られると思ったのに『木に登るならドレスは脱いだ方がいい。乗馬服を用意させよう』と殿下が仰ったの。妃がお転婆でもいいのかしら。殿下なら、村娘の素顔を見せてもお許しくださるかも。漁港や農園で働いていた話をしてみようかな、というのは冗談よ」

 クラム伯爵邸で暮らしていた頃は父と兄しか貴族男性を知らなかったので、高い身分の男性に冷たい印象を持っていたが、アドルディオンは違うようだ。

 笑ってくれるのを期待していたのに、急に母が遠い目をして黙り込んだ。

「具合が悪くなったの? 大変。早くベッドに横になって」

 心配するパトリシアに、ハッとした母が首を横に振った。

「ちょっと思い出していただけよ。お転婆なあなたを気に入ってくれた男の子のことを」

「男の子って、ボビー? それともジェフ?」

 近くに住んでいた村の少年の名前である。

「なんでもないわ。そうそう午前中にね、向かいの病室に新しい患者さんが入ったのよ。お母さんはよく知らないけど、高貴な家柄のおばあさんなんですって」

「そうなの」

 大部屋の時は同室の患者と話したけれど個室では交流がないと思うので、その話題は盛り上がらなかった。

 その後は持ってきた花を生けて村での思い出話をし、三十分ほどして椅子を立つ。