まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!

 なにより名前が違う。舞踏会の日に再会を喜ぶような反応がなかったのもおかしい。

(やはりクララは亡くなったんだ。俺のせいで。その現実は変えられない)

 しかしパトリシアがクララに似ているのも事実なので、膨らんだ興味はしぼまない。

「今後は危険な行為はいたしません。大変申し訳ございませんでした」

 アドルディオンが黙っているのは怒っているからだと思ったようで、パトリシアは肩をすくめている。

(怯えさせたくはない。クララのような眩しい笑顔を見せてほしい)

 別人だとわかっていても亡き少女の面影を重ねてしまい、注意の言葉が甘くなる。

「たしかにそのままでは危険だ。木に登るならドレスは脱いだ方がいい。乗馬服を用意させよう」

 貴族令嬢とは思えぬほどの身軽さなので、スカートさえ枝に引っかからなければ落ちる心配はないだろう。

「えっ?」

 よほど予想外だったのか、パトリシアはポカンとしている。

 目を丸くして口を半分開けた表情が実年齢より幼く見え、ますますクララに似ていると感じた。

 もう少し妻を見ていたい気分だが、山積みの政務が待っているため背を向ける。引き返す足取りは軽く、口角が無意識に上がっていた。

 隣に並んだ近侍が後ろを気にしながら問いかける。

「随分と寛大な処分ですが、木登りをお許しになってよろしいのですか?」