自宅マンションにたどり着いてタクシーを降りた。
 琉輝さんを見送ろうと思ったけれど、彼は私がマンション内に入るのを見届けると言って聞かない。
 タクシーの車体に背中を預けて手を振る琉輝さんにおじぎをし、エントランスに入ろうとしたそのとき、建物の影から小太りの男性が現れておののいてしまった。

「翠々さん」

「うわっ! え、光永さん?」

 私が帰宅するのを待ち伏せしていたのは、叔母に無理強いされてお見合いをした相手の光永さんだった。
 いつからここで待っていたのだろうかと考えたら気味が悪くなり、無意識に後ずさって距離を取った。

「どうしてここに?」

「翠々さんと話がしたくてね。ここの住所は叔母さんに聞いた。電話をしても出てくれないだろうと思ったから訪ねたんだ」

 光永さんの言葉を聞いた私はうつむきながら小さく溜め息を吐いた。
 いきなり訪問されたことに驚いたのは言うまでもないが、私の承諾なく住所や電話番号といった個人情報を勝手に教えた叔母に対してこの上なく失望した。

「お見合いの席ではご無礼致しました。光永さんのご両親も非常にお怒りだと聞いています。本当に申し訳ありません」

 こんな場所で立ち話をするのは嫌だったが、家に上げるのだけは絶対に避けたかったので、この場で手短に話を済ませるしかない。

「先日叔母さんが謝罪に来てくれたんだけど、僕の両親がプライドを傷つけられたと言ってなじってしまったんだ。ろくに話も聞かずに」

 私が叔母にコーヒーをかけられた日の前日の出来事だ。
 朝一番に叔母は謝罪をしに光永家へ赴いたあと出張に行っていて、翌日帰ってくる時間に私を空港に呼び出していたから。

「私も一緒に行くべきだったんですけど、叔母が来なくていいと言ったのを鵜呑みにしてしまいました。すみません」

「いいんだよ。君の顔を見たらうちの母はさらに癇癪(かんしゃく)を起したはずだ」

 光永さんはいったいなにをしにここへ来たのだろう?
 謝罪に赴いた叔母をすげなく追い返した件を詫びるためかと思ったが、それならわざわざ私に会いに来る必要はない。
 電話で済ませたらいいし、謝る相手も私ではなく叔母だ。