「遅くなってすまない」

 空港から直行で翠々の自宅へ赴いた。
 忌引きで会社を休んでいた彼女は泣き腫らした顔で目の下にクマを作り、すっかりやつれてしまっていた。

「琉輝さん、アメリカから来てくれたんですね。ありがとうございます」

 涙目で頭を下げる翠々が健気で、切ない気持ちでいっぱいになった俺は気がつけば彼女をギュッと抱きしめていた。
 もっと早く駆けつけて、俺がそばにいるから大丈夫だと安心させてやりたかったのに。好きな人をひとりぼっちで泣かせていた。
 これほど自分を不甲斐なく思ったのは生まれて初めてだ。

 それからの俺はなんとしてでも日本に戻ると父に訴え続けた。
 絶対に言いくるめられたリしないし、自分の考えは曲げないと気持ちを固めていた。
 アメリカが嫌なんじゃない。翠々のそばにいたい一心だ。
 そしてそれから半年後、俺はやっとアメリカ生活に終止符を打つことができた。

 転勤が決まっても俺は彼女に内緒にしていた。
 仕事の引き継ぎや引っ越しの準備などで忙しかったのもあるが、なにも告げずに目の前に現れて翠々を驚かせたかったのだ。
 なのに空港のカフェで再会するとは夢にも思わなかった。
 偶然そこに居合わせたのだが、店内に大声が響いて騒然としていたので何事かと近寄ってみたら、コーヒーを浴びせられたひどい姿の翠々がそこにいた。

「あの女性は誰?」

「叔母です。……父の妹の」

 別室に連れていって事情を尋ねたところ、喚き散らして怒っていた女性は翠々の実の叔母らしい。
 葬儀を手伝ってくれたと聞いていたから、彼女にやさしく寄り添う唯一の親族なのかと思っていたが、どうやら大きな勘違いだったようだ。
 私利私欲のために、後ろ盾がなくて立場が弱い姪の翠々をビジネスの道具にしようと企んでいた。
 見合いを蹴った翠々が気に入らないのか、罵るだけでは飽き足らず、留学費用の返済とマンションの立ち退きを要求してきている。
 彼女の叔母とは直接話したことはないが、どんな人間なのかだいたいの想像はつく。
 そういう人物は昔から鳴宮財閥の周りにたくさんいたから俺にとっては珍しくもない。

 大丈夫。これ以上翠々が苦しまなくて済むように俺が全部なんとかするから。
 今度こそ翠々を全力で守ると、このとき固く心に誓った。