秋の声が聞こえ始める十月上旬。
 私、白川 翠々(しらかわ すず)は羽田空港内の到着ロビー近くにあるカフェで出張帰りの叔母を待っていた。

「翠々、なんてことをしでかしたのよ!」

 飛行機が到着してカフェに姿を現した叔母は対面の椅子にドサリと座り、店員にアイスコーヒーをオーダーしたあとすぐに説教を始めた。
 表情は眉が吊り上がっていて鬼の形相だ。それを目にしただけで全身に緊張が走った。

「昨日の朝に謝罪してきた。先方はずいぶんお怒りだったわ。すぐに追い返されたけど、私がどれだけ頭を下げたかわかってるの?!」

「謝りに行かせてしまって本当にごめんなさい」

 激高する叔母に反応して隣の席にいる女性客ふたりが視線を送ってきた。
 目立ちたくはないので声のボリュームを落としてもらいたいところだけれど、肝心の叔母は怒り心頭で私を睨み続けている。

光永(みつなが)さんとのお見合いの話を翠々が受けるって言ったとき、うちの人だってよろこんでたのよ」

“うちの人”とは、叔母の夫のことだ。私にとっては義理の叔父に当たる。

「叔父さんにも後日謝りに行くね。迷惑かけちゃったから」

「謝ってもらったって、もうどうしようもないでしょ! 後の祭り!」

 義理の叔父は温和な性格なので、そこまで激怒しているとは思えないけれど、今は叔母の言葉に素直にうなずいておく。

 事の発端は、叔母が私にとあるお見合い話を持ってきたことだった。
 光永さんは大手フィットネスクラブを運営している社長の長男で、婚活をしているらしいから一度会ってみろと勧められたのだ。
 私はお見合いはしたくないと必死に訴えたのだけれど、叔父の会社のクライアントだから断れば仕事にも影響すると言われ、最後は強引に首を縦に振らされた。

「断るにしたってルールやタイミングがあるのよ。それなのにアンタはその場で結婚できないってはっきり言って帰ってくるなんて、失礼な子ね!」

 お見合いにおいて、相手に直接断る行為は不躾(ぶしつけ)だと言われている。
 合わないと感じてもその場はにこにことしながらお茶を濁すというのが礼儀らしい。
 だけど私はその無礼な行為に及んでしまい、改めて謝りに行った叔母を現在こんなにも怒らせているのだ。