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 それから一月近く、帝都は大騒ぎだった。

「あの時の大狐、あれはなんだったんだろうねえ」
「特に被害を受けた家は無いと言うじゃないか。妖怪にしては、慎ましやかなもんだ」
「萩恒家が倒してくれたんだったっけか?」
「いや、龍美が萩恒を襲ったって話だ」
「大狐は?」
「分からん」
「本当に妖怪だったのかねえ」

 噂話を耳にしながら、蜂蜜色の瞳でちらりと街行く人々を見たさぎりは、一つにまとめた黒髪を翻らせ、袴を揺らし、家へと戻る道のりを急ぐ。

 今日は、新鮮な野菜と魚が沢山手に入ったのだ。
 きっと夕食で、優しい主人とその可愛い姪っ子が、美味しいと喜んでくれるに違いない。

 その浮足立つような気持ちが、さぎりの足を急がせる。

「そういえば、龍美家は、二男がやらかしたんだってね。当主様も大変だねえ」

 その噂の声に、さぎりはぴたりと、足を止めてしまう。