ある日、先輩侍女の稲が、さぎりに謝ってきた。

「さぎりちゃん、ごめんね」
「稲さん?」
「あたしゃ、怖いんだよ。この萩恒家に長年勤めてきて、恩義にかけて、なんとかこれからも仕えていたいと思っている。だけど、怖いんだ。あの狐火が……」
「そんなの、普通ですよ」
「あたしだけじゃない、みんな怖がってる。なんでさぎりちゃんは、平気なんだい?」
「……」
「そんなふうに、若い肌に傷をつけて」

 泣きそうな顔をしている稲に、さぎりは柔らかく微笑む。

 希海の近くに控えるさぎりの体は、常に火傷だらけだった。
 狐火封じの玉は、常に発動させていることはできない。希海が狐火を出した後にすぐさま起動させてはいるけれども、火傷をしてしまうことは多々ある。
 一番酷かったのは、希海が母を亡くしたばかりの時期だろう。あの頃は希海のかんしゃくが酷く、さぎりは首元まで大きく火傷を負ってしまった。

 さぎりだってもちろん、狐火が恐ろしくない訳ではない。痛いのも嫌だし、これ以上体に痕を残したくはない。
 けれども彼女は、希海から離れようとは思わなかった。

「私には、何もないんです」
「さぎりちゃん」
「家族も、何も。だけど、こんな私でも、希海様をお助けすることができます」
「『こんな私』だなんてことはないんだよ」
「ふふ。稲さんは優しいですね」

 微笑むさぎりに、稲は慰めの言葉を言おうとして、けれども何も言うことができなかった。

「あんなに(いとけな)くていらっしゃるのに、傍に誰も居ないなんて、悲しいことです」
「さぎりちゃん」
「どうせ私なんて、嫁の貰い手もないんですから。お嬢様のお役に立てたら、それでいいんです」

 そう言うさぎりに、稲は泣きながら、頭を下げた。