「そもそも、私……先輩に認知すらされてないですし……」

「……ごめん。名前聞けてなかった。今更だけど、聞いても良い?」

「天野 甘奈っていいます」

「天野さんね。俺は」

 先輩が、自己紹介をしようとしたけれど、思わず遮ってしまった。

「世良 涼太先輩。1つ上の2年生ですよね。そして、テニス部のエース」

「エースって自覚はないけど……良く知ってるね」

「はい。先輩、有名人なので」

 そう伝えても、先輩は目を丸くして「まさか、俺が?」という反応。謙虚さがまた良し。

「天野さん。そろそろ、真剣に部屋から出る方法を考えないと」

「出る方法は、たった1つ。キスすること、じゃないですか?」

「いや、そうなんだけど……でも」

「でも?」

 私がこてんと首を傾げると、先輩が気まずそうに視線をななめ下に落とし、首筋をかいた。

「天野さん、ファーストキス……なんだろ?そういうのは、好きな人のためにとっときなよ。嫌がってる相手に、無理にキスとかしたくないし」

 と。

 優しさもあるなんて、どこまで完璧なんですか。