トントントントンと規律のいい音と、食欲をそそる匂いにつられ目を覚ます。
昨夜は鮎川の家で寝落ちたようだ。

「おはよう、今ご飯できるよ」
「……ごめん、完全に寝落ちてた」

鮎川の家のリビングのソファで朝を迎えた。
タオルケットが掛けられていて、結んだままだったネクタイはテーブルの上に畳まれている。

スマホで時間を確認すると、六時五分。
自宅に帰って着替えて出社しても間に合う時間帯だ。

「普段もっと飲んでるから大丈夫だと思うけど、二日酔いになってないよね?」
「……ん、それは平気」
「じゃあ、顔でも洗って来て。ご飯よそるから」
「悪いな」

女の家に泊まったのなんて、何年ぶりだろう。
二日酔いで記憶がぶっ飛んでるならまだしも、昨夜話したことが脳裏をよぎる。

そんなこと絶対するような人だとは思えないが、鮎川が俺を憐れんだ目で見てないことに安堵した。
俺も鮎川みたいに前を向いて、新しい人生をリスタートできるだろうか。
いや、今がその時だろ。

誰かに左右さる人生なんて、クソ喰らえだ。
選択した道が間違ってなかったんだと、自分の力で実証してみせる。

「すげぇ、旅館の朝飯みたい」
「大したものじゃないよ」

艶々に光り輝く粒のたった白米。
ふんわりと巻かれた厚焼き玉子。
ふっくらとした身から旨味が溢れ出る焼魚。
出汁が効いた小松菜と茄子のお浸し。
極めつけは、具だくさんの味噌汁。

やべぇ、何だこれ。
朝からリア充なやつじゃん。

いつもは珈琲とパンを齧る程度なのに。
こんな贅沢、出張の時じゃなきゃありえない。

「いつもこんなに贅沢なの?」