それよりも…

「おっ、篠原さん、りりちゃんおはよう!」

「おはよう、赤羽くん」

「おっ、おおおはよう赤羽くん!!」

りりは一条くんより、赤羽くんが好きらしい。そりゃもう、わかりやすい。
顔がリンゴのように真っ赤で、しかも声が上擦っているから。

「っあー!緊張したー!」

「おつかれ」

挨拶を返した途端、ばっ、と彼から顔を背け、頬に手を当ててるりり。
その仕草はまさに恋する女の子そのもので、かわいいりりによく似合っていた。

声も彼らにぎりぎり聞こえなさそうな、絶妙な大きさで呟いている。

「あー、もう幸せ。推しに毎日ファンサしてもらえるとか最高。人生たのしすぎる」

「………。」
言ってることがちょっとよくわからない。

と、その時、ーキーンコーン…とホームルームが始まる合図が鳴った。

「やっべ、じゃあまたあとでな、はる!」

予鈴が流れるマイクを見た赤羽くんは、慌てて自分の席へと戻っていく。彼は私の真反対、廊下側の1番前だ。

一条くんはその後ろ姿に軽く手を挙げて答えた。

その手を下ろすと、優しげな笑みを浮かべながら、私の方を見てくる。

「いつもうるさくしてごめんね」

「ぜんぜん気にしてないから大丈夫」

表情を変えずに言う私に、そっか、それならよかったけどごめんねと眉を下げながら言ってくる。

それがどことなく、私の飼っている柴犬の時雨(しぐれ)に似ているように見えた。

できればこれで会話を終了させたかった私だったけど、この男はなおも話しかけてくる。
しかもそれらが一切悪意のないものだとわかるから、逆にめんどくさい。