ガリタ食堂の仕事終わりに部屋に戻ると、ベッドの上に"ちょこん"と子犬ちゃんがいた。

「あれっ? 子犬ちゃん、魔法屋さんから帰ってきたの?」

「キャン、キャン」
「フフ、わかった。今晩はこっちに泊まっていくのね」

 今日の夕食はきのこの炊き込みのおにぎり5つと、ワカメと豆腐のおみそ汁、キュウリとタコの酢の物を女将さんにもらった。

 メインの肉じゃがが残らなかったのが残念。ほくほくしたジャガイモに、玉ねぎ、にんじん、白滝、豚肉――甘辛な味が程よく染みた肉じゃが食べたかった。
 

『ルーチェちゃん、今日もお客さんがたくさんくるよ』

 と女将さんと仕込みをして。大将さんとニックさんが大きな鍋2つで肉じゃがを作ったのだけど、全て完売してしまった。

「夕飯にしようか。飲み物は水出し紅茶でいい?」
 
「キュン!」  
「わかった、待っていてね」

 5つのきのこの炊き込みご飯のおにぎり、おみそ汁、タコの酢の物はあっという間に完食。まだ足りない私と子犬ちゃんはタンスの3番目を開けて、お菓子をあさっている。
 
「え、これも食べるの? こっちも、子犬ちゃんは相変わらず好き嫌いせず、すごい食欲だね」  

「キャーン」
 
「えぇ、私も? まあ、ほかの人よりは食べる方だけど、子犬ちゃんには負けるよ」
 
 と言い返すと、子犬ちゃんはブンブン首を振る。

「キュン、キュン」

「私の方が食べているですって? それに太ったぁ?」

 子犬ちゃんまで、福ちゃんみたいな事を言うなんて……今朝、挨拶をするためにやってきた、福ちゃんにまた太ったと言われたばかり。
 
「キッ、キューン」

「まえより、頬がふっくらした? もう、子犬ちゃん、気にしてるのにひどいなぁ。もう怒った、くすぐっちゃうぞ!」

 こちょ、こちょとくすぐると、子犬ちゃんも負けずと、反撃でペロペロと頬を舐められた。

「やったな、子犬ちゃん!」

 しばらく戯れ合いが続き、息を切らして子犬ちゃんとベッドの上にゴロンと転んだ。

「キューン」
「ふうっ、疲れたけど……いい運動になったね」

 汗をかいたからシャワーしようかと、服を脱ごうとすると、子犬ちゃんがくるりと後ろを向いた。

「フフ、君は向かなくてもいいのに。ほら、子犬ちゃんもシャワー行こう? え、行かない? じゃ、タオルで拭くからおいで」

 手を広げるとピョンと膝の上でに飛んでくる、その子犬ちゃんの顔と体をタオルで拭いた。

「キューン」 

「フフ、気持ちいいの? 可愛い」

 子犬ちゃんの体をタオルで拭き、私はシャワーをすませ、ベッドにもぐり子犬ちゃんと眠った。

 

 ――それは真夜中。

 コツ、コツコツ、コツコツ、窓を何かがこつく音で目が覚めた――こんな時間に福ちゃん? それはやめず、コツコツ、コツコツ窓をこつく。

(こんな時間にどうしたのだろう?)

 夜中に福ちゃんが来るのは初めてのことだった。いつもの窓を開けたすぐ――暗闇の中、店の下から複数の足音が聞こえた。その足音は階段をのぼり、この部屋に近付いてきている。

「な、なに? なにが起きているの?」

 これは非常事態。まだベッドで眠る子犬ちゃんを抱っこした。そうだ、先輩に貰った羽が生えるワンピースは無理だから、鍵と、魔法の杖、あとはカバンだ。魔法の鍵で――魔法屋さんに逃げよう。

 だが、人は恐怖すると手が震える。魔法の杖とカバンはクローゼットからとれたものの……私の手はカタカタ恐怖で震えてしまい。タンスから取りだした鍵を床に落とし、その鍵はベッドの下にはいってしまった。

「あ、鍵が!」

 ベッドの下に手を伸ばすも届かない。すぐそばまで、複数の足音は来ている、その足音は私の部屋の前で止まると"ガチャ……ガチャ、ガチャ"と乱暴にドアノブ回して、玄関を開けようとする。

「ひっ!」

 ぐずぐずしていたら……ドアを蹴破ってても入ってきそう――早く、この鍵を取らないと。
 

「おい、何をしている。お嬢、逃げるぞ!」
 

 窓を"バリィーン"と窓枠ごと蹴破り、フクロウ――福ちゃんが部屋に飛び込んでくると、私と子犬ちゃんをくちばしで咥え、窓から空高く飛び上がった。
 
 私達が窓から逃げだしたことに気付いた騎士達が騒きだす。その騎士たちのなかで一人が指示をだす。

「落ち着け。いま、印をあらわす。そこに捕獲網を放てばよい」

「はっ、かしこまりました」

 その声の直後に私たちは眩しい光に照らされ、騎士達が放った捕獲網が福ちゃんの羽に直撃した。

「「グワァ――!!!」」

「福ちゃん!」
「キュン!!」

 悲痛の声を上げる福ちゃんの羽は捕獲網にとられ、バランスを崩して飛べなくなり。

「チッ、コレは使い魔捕獲網? ……何故、そんな物がここにあるんだ……すまぬ、お嬢、子犬、衝撃に耐える準備をしてくれ」

「はい!」

 私は子犬ちゃんをしっかり胸の中に抱えた。

「キューン」
「コラ、暴れないで、大丈夫だから。子犬ちゃんは私が守るからね」

 うまく羽ばたくことができなくなり、近くの茂みに突っ込んだ。

「い、いたたっ、……2人とも大丈夫?」 

「大丈夫だ……すまない。お嬢を逃すことができなかった……」

 落ちた衝撃で、捕獲網がさらに福ちゃんの羽に絡まってしまった。

「気にしなくていいよ。ほかには怪我はしていない? 子犬ちゃんは?」

「少し羽を擦っただけだ」
「キュン」

 2人の無事を確認中に"ガサッ"と近くの草を踏む音がした。足音が近い……このままでは、みんな見つかってしまう。

「福ちゃんと子犬ちゃん、痛いの、痛いの飛んでいけ!」

 微笑んで2人の頭を撫で、私は茂みからいっきに飛び出した。

「バカ、お嬢!」
「キュン、キュン!」

「ごめんね。2人を守るにはこれしか思い付かなかったの。君たちは見つからない様にそのまま隠れていてね」

 茂みから飛びだした私を見つけた騎士は、手に持つランタンを上に掲げて声を上げた。


「「ルーチェ様がいらしたぞ、こっちらだ!」」


 他の騎士達がランタンの明かりの元に集まってくる。私はそれとは逆の方に走る。……暗闇が功を奏して姿を闇に隠した。それを利用して、私は2人から離れるように闇雲に草むらを走り回った。

 そして気付く――私は多くの騎士たちをまいたはずなのに、まだ草と土を踏む足音が多い。この暗闇の中に想像以上の騎士がいる。こうなったら――もっと、逃げ回って掻き回してやる。

 だけど、私の思考が読まれたのか。
 また、一人、声を上げた。 

「騎士達よ慌てるな。ルーチェ様は魔法を使えない……遠くには逃げることができない。すぐそばに潜んでいるはず、いまライトの魔法を使う」

 この声はさっき、指示した人と同じ声だ。

「ライト!」

 その声の主は空高くライトの魔法を放ち、私の周りが日中の様に明るくなった。