「どちらも好きですが、お酒に合わせるのなら辛い方でしょうか」

 エルに対してまで、ジャンはこんな丁寧な態度を崩さない。

(……言ってあげたいことはいろいろあるんだけどな)

 きっと、ジャンの兄もジャンのことを誇りに思っているとか。ロドリゴは、ジャンが思っている以上にジャンのことを頼りにしているのだとか。

 けれど、それはエルの口から言うことはできなくて。その分、エルの胸のあたりもぎゅっと掴まれたみたいになる。

「ジャン」
「なんでしょう?」

 何を言えばいいのかわからないままジャンの名を呼ぶと、至近距離で彼は微笑んだ。

「歩く。手を繋いで」
「わかりました」

 今はただ、こうやってジャンが穏やかな時間を過ごせていることに感謝の気持ちを捧げよう。エルをこの世界に生まれ変わらせることにした神様なら、きっと喜んでくれる気がする。