(え?…今なんて…?)
藤村 水惟(ふじむら すい)は会社のエレベーター内で戸惑っていた。

目の前には水惟が勤務する深端(みはし)グラフィックスの営業マンで—社長の息子—の、深山 蒼士(みやま そうし)が壁のポスターを指さして自分の方を見ている。

——— 今度良かったらこの展覧会行かない?深端がスポンサーだから、招待券があるんだよね。

水惟の聞き間違いでなければ、今、彼は水惟を展覧会に誘った。

(………)

「あー…そ、それ、もう行っちゃいました…すみません。」

そう言った瞬間にエレベーターが水惟の部署のフロアに着いたので、水惟はペコリと会釈をしてそそくさとエレベーターを降りた。
エレベーター内ではできるだけ普通の顔でやり過ごしたつもりだが、今の水惟の顔は真っ赤で心臓はバクバクと早い心音を奏でている。

(今のって…もしかしてもしかすると、デートのお誘い…?)

水惟は自分の考えを振り払うように、フルフルと首を横に振った。

(そんなわけないじゃん!あの深山さんだよ?私なんかとデートなんて…ないない!)

(…じゃあ、何?)

水惟は眉間にタテ線を入れながら「うーん」と考えてみた。

(もしかして何かのテスト?)

(クリエイティブ所属の新人デザイナーが、普段からちゃんと展覧会に行って情報収集してるかどうか…)

水惟は合点がいったという表情(かお)をした。
(絶対そうだ…。あの展覧会行かなきゃ…!)
先ほど「もう行った」と言ったのは、咄嗟についた嘘だった。

(深山さんにがっかりされたくないもん…!)