「なあ、伊月って最近なんかあったのか?」

 担任の教師にそう声をかけられたのは、依織さんとの初デートを無事に終えた翌週のことだった。

「いえ、知らないです」

「そうか……」

 首を振って答えると、担任の教師は「なんかわかったら、教えてくれ」とだけ言って立ち去って行った。

 教師が心配するみたいに、近頃の伊月くんは様子がおかしい。

 学校だろうとところ構わずヤンキージャージを通り越して通販で買った特攻服みたいなのまで着ていたのに、近頃はみんなと同じ白シャツに黒ズボン。さすがに髪の毛はあの色のままだけど、セットもしないでへにょへにょだ。

 今もぼんやり椅子に座って黒板を眺めているし、あまりにも大人しい。

 クラスのみんなも熱があるんじゃないかと騒いでいたし、依織さんも心配だねって言っていた。

「伊月くん、最近元気ないけどなんかあったの?」

 伊月くんの席に近づいて声をかけてみても、「別にー」とやる気のない言葉が返ってきただけだった。

 なんとなく、これが原因かな~っていう理由の見当はついていたけど、伊月くんがこの調子だから確信はない。

 前だったら、伊月くんは僕になんでも話してくれた。父さんと母さんが喧嘩してたとか、昨日金縛りにあっちゃったとか、素足でゴキブリを踏んづけたとか。もっと大きな秘密だって、僕にだけ教えてくれていた。でも、今回は何も話してくれない。

「伊月くん、今度の日曜日予定空いてる?」

「空いてるけど、なんだよ」

 近寄って声をかけても、気怠そうで覇気がない。

「買い物に行こう――楓さんの、結婚祝い買いに」

 伊月くんの初恋のお姉さん、楓さんが結婚する。しかも、お腹には赤ちゃんがいるらしい。もともと両家公認の中だったみたいで、妊娠判明と同時にとんとん拍子に話が進んだらしい。

 伊月くんのイトコってことは楓さんも吸血鬼なんだろうけど、相手の男の人も吸血鬼なのかな? 吸血鬼は人間と結婚できるし子どももつくれるらしいから、人間の旦那さんの可能性もある。人間と吸血鬼で結婚すると、赤ちゃんのために吸血鬼の血の栄養が必要で、奥さんが人間の場合は旦那さんの血を飲んだりするって前に伊月くんが話してた。でも、今回は奥さんの楓さんが吸血鬼だからその辺の栄養は気にしなくてもいいのかな。

 伊月くんのお母さんから話を聞いた僕の母親が教えてくれたとき、僕の脳裏にはいろんなことが駆け巡ったけど、伊月くんやそのご両親、親戚たちが吸血なのは僕しか知らない。お母さんには話してないから、お母さんも自分の友達が吸血鬼だなんて思ってないと思う。

 とにかく、伊月くんの様子がおかしい原因は、たぶん楓さんの結婚だ。