「直人くんのこと、ごめん」
唐突に放たれた言葉。つい、
「は?」
と口にしてしまう。彼女は、ビクッと体を震わせると、俯いてしまった。やっちまった、こいつは何も悪くないのに。

.......俺の心が弱いだけ。

彼女、“りさ”は、九年前の事件に居合わせた、俺以外の唯一の人。
かなり仲が良かったのに、事件が起こってからは、今日まで、一度も遊ばなかったし、口をききもしなかった。
事件というのは、俺のお兄ちゃんである青野直人が亡くなったことだ、交通事故で。
俺は、九年前のことに思いを馳せた。

—————お兄ちゃんは、どんな時でも俺に優しかった。
お父さんとお母さんは、頭が良くて優しいお兄ちゃんが大好きだった。俺が、愛されていなかった訳ではないけれど、多分、お兄ちゃんと俺には愛情の注がれ方が違かったような気がする。俺は、そんなお兄ちゃんが羨ましくて、でもやっぱり大好きで大切だった。

.....あと、りさのことも好きだった。
いつも、遊びに誘ってくれたり、教科書を忘れた時に見せてくれたり、俺のことを「すごい!」と褒めてくれたのも、りさだった。
俺はそんなりさがかけがえのない大切な人だった。
 『恋愛感情』かどうかはわからないけれど。
いつも、ニコニコと笑いかけてくれる顔が大好きだった。.....お兄ちゃんのようだったから。
お兄ちゃんも、俺と自分が比べられても、俺に「諒はすごいよ。俺とは比べられないくらい!」と言ってくれた。

だから、お兄ちゃんを失ってから、怖くなった。もしかしたら、りさも俺を庇って、俺のせいで死んじゃうかもしれない。そうしたら....。りさがもしもいなくなってしまったら、俺は心も体もぶち壊れそうだった。
りさと、お兄ちゃんの面影が重なる。
事故以来、俺はりさと話をしたり遊んだりするのをやめた。
  本当に、それぐらい大切だったから。


「青野?」
りさが言う。俺は、一気に我に帰った。
青野、かぁ。
雨霜のことは、“るか”って呼んでいるのに。
そう考えると、なんだかちょっとムカムカした。
りさが上目遣いで気まづそうにこっちを見てくる。
その見つめてくる茶色い目がうるうるしていて、柔らかそうな髪の毛が夕陽に照らされて光り、とても綺麗だった。

.....ヤバい、かわいい。
自分からこんな感情が出てくるなんて、なんだか恐ろしくなる。
「直人くんを亡くしてから、青野がすごく悲しんでたこと知ってたのに、励ます勇気がなくて。私、直人くんを失ってから、自分のことしか考えられなかったの。ごめんね。」
泣きそうになりながらも、そう伝えてくるりさが、こんな状況ながらも、健気で愛おしかった。

俺は感情を抑えながら、
「いいんだ、俺もりさのこと無視しちゃってたし。ごめん。」
と言う。すると、りさの目がキラキラとなって、
「じゃあ、許してくれるの?」
「うん」
「ありがとう!」
そう言って、満面の笑みでこちらを見てくるりさが可愛すぎて倒れそうだった。

こいつ、確信犯かよ....。
そして、俺は知った。
俺、めちゃくちゃりさのこと好きなんだけど....
好きすぎて止まりそうにない感情を胸に、俺たちは家路についた。