「こちら運行管理本部。 カストニウム銀河周遊線で脱線事故が発生した模様。 銀河高速警備隊は直ちに出動せよ。」 「了解。」
カストニウム銀河は太陽系からおよそ30万光年離れた所に在る長方形の銀河である。 もちろん天の川銀河からも多数の列車が乗り入れている路線である。
 ただ、この路線は全体が銀河溶液の中に浮かんでいるから列車もそれなりの特別装備を供えている。 その列車が脱線したというのだ。
 走り続けているアストロライナーのデータ集積車でもその情報はキャッチされていた。 機関車は慎重に空間軌道を走っている。
 地球に在る国際地上駅 銀河高速ステーションでは銀河高速警備隊が出発しようとしていた。 「先発隊は近くまで行っている。 我々も空間ワープで急行するぞ。」
「全て整いました。」 「よし。 出発だ。」
 この高速警備隊の車両は10両で構成されている。 緊急時のためにコスモキャノンとコスモレーザーという電子攻撃武器も備えている。
また2両目は手段が無くなった時のための特攻車両である。 つまりは囮になって劣勢を逆転するための最終手段だ。
この車両に乗れるのは隊長だけだ。 だから普段はハッチを開くことすら無い。
 「銀河高速線 火星木星間 特に異常無し。」 「了解。」
列車は同じリズムを刻みながら漆黒の宇宙をひた走る。 夢と希望と欲望を載せて。

 「銀河高速警備隊 カストニウム銀河に到着。 これより脱線修復作業を行う。」 無線が聞こえている。
「銀河救護隊も作業を開始します。」 「了解。」
 源太郎と別れた後、アニーは電磁ボックスの中に居た。 でも今夜はなかなか寝れそうにない。
エネルギーチャージのスイッチが入っても脳は何かを探し続けている。
 私が改造されたのは30歳の時だった。 東京の喫茶店で働いてたのよね。
それから30年、アストロライナーの食堂車で働いてきたの。 考えてみればもう60歳なのよね?
 でもさ、顔と体は20代に見えるように作られてるからみんな若い女だと思ってる。 年を取らせてくれないのよ この体は。
ほんとならだいぶ更けちゃって死ぬことも考え始める年頃なんだろうけど死なないのよ この体は。 死ぬべき時に死なないのよ。
それでいいのかな?
 喫茶店で働いていた私の所に国際科学技術研究所の科学研究員が来たの。
「君の体のデータを見せてもらった。 テクノ人間に改造したいんだがどうだろうか?」 いきなりそう言ってきたわ。
私は返事を渋ったわ。 でも「アストロライナーの食堂車で働くことが条件だ。」と言った。
 アストロライナーと言えば超人気で乗りたくてもなかなか乗れない列車だわ。 その食堂車で働けるなんて、、、。
それからしばらくして私は返事をしたの。 そして改造された。
 目覚めた時には(何も変わってない。)って思ったわ。 でも確かに変わっていた。
食事をしなくても平気だし何日徹夜しても疲れない。 それでも憂いは有るのよ。
永遠に死ねないんだなって。 何が起きても生き残ってなきゃいけないんだなって。
 そして30年。 いろんなお客さんを見守ってきた。
でも源太郎みたいにドキッとしたのは初めてよ。 ただの旅行客なのにね。

 この宇宙は150億年ほど前にビッグバーンによって誕生したと言われている。 果たしてそうだろうか?
そうだと言い切れるだろうか? この宇宙よりも古い星が実在しているのである。
であるならば150億年よりももっと昔に誕生していたのではないか? もしくは永遠にこの場所に存在し続けているのではないか?
人間であれば誰しもそんな風に疑問を持つはずだ。 そしてそんな研究が始められた。
 しかしまだまだ正解と呼べるような答えは見付かっていない。 いや、答えを見付け出せずにいる。
それほどに宇宙は広く深く大きいのである。 そのことにやっと研究者も気付いたらしい。
そのような未開拓 未知の宇宙を列車が走り続けている。 いくつもの夢と希望と欲望を載せて。
 カール スペンダーが電磁空間軌道を走る鉄道を発見した頃、国際惑星移住学会は血眼になって移住可能な惑星を探していた。
スペンダーの報告にはジョージ ダニエルも半信半疑だった。 しかしスペンダーがアンドロメダからシステムデータを持ち帰ったのを見て仰天したのである。
 そこには電磁空間シールドだけでなく軌道安定装置や無軌道走行システムのデータまでが付記されていたからだ。
その全てを実行して銀河高速鉄道は開業した。 1番列車が発車する時、ジョージはスペンダーの写真を見ながら泣いていた。
 「君のおかげで高速鉄道を完成させることが出来た。 叶うなら君にもこの姿を見てもらいたい。」 それから150年。
アンドロメダから帰ってきたスペンダーはロケットを降りた瞬間に死んでしまったのだ。 計り知れない宇宙放射能の影響と強大な時間重力の作用だと医者は言っていた。
 それにしても彼のおかげで惑星移住は比較にならないほど短期間で進んでいった。 移住可能な惑星も次々と発見されていった。
もちろん、その多くは原始惑星だった。 地球のような都会機能も電子システムも何も無い。
 まるでジャングルに飛び込んだ猿みたいな状態から開拓と開発を進めなければいけない惑星がほとんどだったのだ。 その中で多くの人たちが倒れ死んでいった。

 列車は規則正しく一定のリズムを刻みながら走っている。 いったい今は何時なんだろう?
源太郎はふと空腹に気付いて目を覚ました。 地球時計は午前8時を指している。
 「朝食を食べに行くか。」 食堂車を覗いてみるとアニーはもうエプロンを着けて動き回っていた。
「おはようございます。 お眠りになれましたか?」 「うん。」
「それは良かった。 朝食は何になさいますか?」 「トーストとコーヒーでいいかな。」
「畏まりました。 お待ちください。」 彼女は軽く会釈すると厨房の中に入っていった。
厨房の中には何も無い。 ハイパーコンピューターと電送テーブルが無機質に並んでいるだけである。
{地球}と書かれたメインボタンを押してメニューを呼び出し電送ボタンを押した。 (なんか妹に似てるな。)
アニーの後姿を見詰めていた源太郎はふとそう思った。
 窓の外は飽きることも無く何処までも漆黒の闇が続いている。 その中を数限りない列車が光の帯になって飛んでいく。
地球では今頃、母さんが店の掃除をしている。 妹の早苗はもう銀行に出勤している頃だ。
父さんはこの旅を楽しみにしていたのに病気で死んでしまった。 源太郎はトーストを齧りながら隣のテーブルを見た。
そこには夕べ見掛けたあの男が朝食を食べていた。 (やっぱりどっか見たことが有るんだよな。)
 朝食を済ませた源太郎はアニーに一礼すると展望車へ向かった。 地球はぼんやり見えるくらいに離れている。
その向こう側に金星が輝いている。 そういえば金星にも水星にも探査機を送ったんだよね。
水星は探査機の着陸技術の開発に相当苦労したと聞く。 太陽に最も近い惑星なんだからそうだっただろう。
 初めて土星を巡った探査機 ボイジャーは2機とも太陽系を離れて銀河系の外にまで行ってしまった。 思えばそれがきっかけとなって外宇宙の研究が始まったんだ。
水星 金星は暑くて人間が住むには至らなかった。 木星から先の惑星は超低温空間であり超高圧なガス惑星であることが認められて移住計画は破棄された。
それでも今は火星に移住している人たちが居る。 もちろん系外惑星にも移住した人たちはたくさん居る。