俺が、この大きな「落とし穴」の存在に気づいたのは。
 
その週の週末。

そう、いよいよ今日、これから、チョコレート作りを始めようという時になってからである。

俺と寿々花さんは、互いにエプロンを身に着けてキッチンに入った。

「悠理君と一緒にキッチンに立つなんて、何だか新鮮だねー」

今日の寿々花さんは、朝からテンション高めである。

これから一緒にチョコ作りをするのが、楽しみで堪らないようだ。

寿々花さんが楽しそうで、それは何よりなんだけど…。

一方の俺は。

「…そうだな…」

キッチンに寿々花さんが立ってるってだけで、一抹の不安を覚えている。

今回は、お得意の…インスタントラーメンのアレンジ料理じゃないからな。

そりゃ不安にもなるってもんだ。

キッチン爆破だけはしてくれるなよ。頼むから。

そうならないよう、しっかり俺が監督しよう。

…それで。

「寿々花さん。レシピ本と材料は?ちゃんと用意してあるんだよな?」

寿々花さんが用意してくれるって言ったから、俺は何も用意してないぞ。

「あっ、忘れてたー」とか言われたらどうしよう。

その時は、まぁ…アレだ。

今からスーパーに走って、買ってくるなり。

あるいは手作りを諦めて、デパートに売ってるバレンタインチョコを買いに行くよ。潔くな。

しかし、その心配は必要なかったようで。

「大丈夫、ちゃんと用意してあるよ。ほら」

と言って寿々花さんは、大きな、重そうな段ボール箱をキッチンに運んできた。

いかにも重そうだから、咄嗟に俺が持とうと駆け寄ったが。

心配しなくても、寿々花さんは俺より力持ちなんだった。

手伝おうとしても、むしろ邪魔になるまである。

ごめんな。男なのに、寿々花さんより非力で。

しっかし、まぁ…。

「やけに大きな段ボールだな…」

そんなにたくさん材料、必要か?

一体、何をどれだけ作るつもりなんだ?

あ、それとも段ボール箱特有のアレか。

大した大きさの荷物じゃないのに、やけに大きな段ボール箱に入れて。

エアークッション剤をしこたま詰めて送ってくる、あのパターン。

宅配便あるあるじゃね?あれ。

過保護に守り過ぎだろ、っていつも思うけど。

すると。

「うん。材料とか道具とか、全部注文したからね」

と、寿々花さん。

…材料…は分かるけど、道具って?

チョコ作りに、そんな特別な道具が必要なのか?

てっきり、家にある道具で出来るものだとばかり…。

「じゃ、開けてみよっかー」

そう言って寿々花さんは、カッターを使って段ボール箱を開けた。

中を覗き込んで、俺は思わず、目が点になった。