⚪綴と鈴の家 玄関 夕方



「で? 遅かった理由は?」



赤くなった目元を指で押し,指摘する鈴。

綴はうっと言葉につまり,かい摘まんで説明する。



「鈴くんと穂希さんは,その」

「それはほんと。でも浮気されたのは俺じゃないし,したのもそいつじゃない」



綴をソファーに誘い,横に座る鈴。

その近さに,綴は驚きを隠せないまま耳を傾ける。



「浮気してたのはの穂希の姉の瑞穂(みずほ)で,されたのは鈴のいとこ。この前の運転手の由希。分家だし,政略じゃなくて,自由恋愛だった」



じゃあ結局,穂希さんは悪くないんじゃ?

私と,何も変わらないんじゃ?



「どうして,どうして鈴くんまで婚約を解消したの?」



聞いていいのかな。

でも,聞かないと鈴くんの気持ちが分からない。



「穂希が気付いてたのに言わなかったから。あの家の人間全部が信じられなかった」



由希さんを大切にしていた鈴くんの気持ちが伝わってくる。

話すのもしんどそうな鈴に,胸を痛める綴。



「あちこち飛び回ってる母親も,浮気で独身になってるし。恋愛そのものも,母親以外の女も全部しんじられなくなった」



鈴は綴の横髪をすく。



「でも,本当はもっとシンプルな話だ」

「な,に?」

「5年前なんて今よりもっとガキだし。婚約も勝手に進んで1年だけだったし。好きじゃないから別れた,ただそれだけ」



鈴くんが,私の事は違うみたいに触れるから。

勘違いしそうになる。



「綴,膝かして」



返事を聞くより早く,勝手に寝転がる鈴。

ふにっとした自身の足の感覚に顔を赤くして,綴はつい両手をあげる。



「なんっ」

「言うこと聞かなかった罰。関わるなって言ったのに」



拗ねた声に反論できない綴。



「こんな話,したこと無いから疲れんだよ。20分でいいから」



鈴の顔を見て,小さく頷く。

さらりと髪を撫でつけると,鈴が静かに目を閉じる。

⚪お昼 学校の教室


「今日も,いい?」



椅子とお弁当だけを持ち,綴と理海を覗く優。

優くんにお昼を誘われるのは,これで3日目。

どきまぎしながら,綴は理海と自分の隣にスペースを空ける。



「ありがとう」



にこりと向けられた微笑みに,綴りはどきどきする。

ほー,と2人の関係を見つめる理海。

忘れてない,告白されたこと。

一見普通に見えるこの状況も,本当は何より違うこと。

あの日,何故か鈴くんには話せなかった。

そういう関係じゃないから,いいのかもしれないけど。

もやもやとする綴。

優くんもいい逃げてしまったから,断れてもいないし……。

悶々とウインナーを口に運ぶ。

⚪お昼 学校の廊下



「で,どうなの優くんは」



買ったカフェオレのペットボトルをくるくる回す理海。



「どう,って」



綴の手にも同じもの。



「だってあれはどうみても好きでしょ。じゃなきゃお昼なんて入れてあげないよ私」


理海はちらりと綴を見る。

りっちゃんは優くんの味方ってこと?



「わた,し。彼氏いるから」



違う。

いるのは好きな人。

優くんには断れないで,りっちゃんにも隠して嘘ついて。

何してるの,私。

じっと綴を見る理海。

綴の顔には罪悪感と悩みが全て出ている。

気付かれないようため息を吐いて,前を向き,何かに気がつく。



「あ,あ~。理海は~トイレに行ってきまーす。次移動だよね? 先行っといて」

「え? うん」



不思議に思いながら教室へ向かう綴。

教室の前には教科書と筆記用具を持った優がいる。



「次,生物だよ,綴さん。一緒に行こう?」

「あ,でも今りっちゃんがトイレに」


⚪回想

急にトイレへUターンした理海。

回想終了。

絶対,気付いてたよね?



「……行こっか」

「うん」



準備する綴を待っている優。

優をそっと盗み見て,困り顔の綴。

確かに,あの無防備な笑顔を向けられると,どきどきする。

でもやっぱり,鈴くんの事を考えるだけで常に鳴る気持ちには届かない。



「ごめん,お待たせ」

「いいよ,時間はまだあるから。ゆっくり行こう」



優くんの優しさは,変わらず。

私は



「ありがとう」



本当に頷くことしか出来ないの……?

笑いながら2人で歩く姿を,離れた廊下で見る鈴。

どっかで見たことある気がするんだけど。

誰だっけ。

ああ,あのときのあいつ。

不機嫌になり,家の前であったときの事を思い出す鈴。



⚪翌日昼 綴の教室。



「綴,弁当忘れた。ちょっと頂戴」



明らかに何か入っていた形跡のある弁当箱を,ずいっと差し出す。

2人の様子を観察する理海と呆れる優。

綴りは困惑しながらその箱を受けとる。



「また? あの二人ってなんなの?」

「さあ……? でも今日でもう6回目だよ。何がしたいのかな」



綴りははっとして箱を鈴に返す。



「ちょっっといい? 弟の友達のお兄ちゃんの友達のこの間知り合った清水鈴くん!!」



ワケが分からなくなり叫ぶ綴。

そんなわけ無いと吹き出し,理海が1人で爆笑する。

状況に乗り遅れ,はっと引き留めようと声をあげる優。

鈴が優に目を向ける。

体を硬直させ,止められない優。



⚪空き教室 



「どっいうつもりなの? 鈴くん。シャーペンも教科書も,ほんとは持ってるんでしょ?」



パタンと後ろ手に扉を閉め,真っ赤な顔で見上げる綴。



「私は噂されなれてないの。皆になんて説明したらいいの?」

「婚約者だって言えばいいだろ」



見開く綴。



「えっだっ……て」

「いい。もうどうでもよくなってきた。寧ろ言っていい? 余計な虫が引っ付いてんの,剥がしたくて仕方ない」



どうでもいい? 虫?



「なに言って」



すっと一歩近づく鈴。

綴りは驚くも,自分のせいで後ろがなく首をすくませる。

……なに?

ちろっと目を開け,更に近づく鈴に気づく。

顔まで近づいているのが見え,抵抗するように身をよじる綴。

がりっと軽く噛まれる耳。

耳を押さえ,綴は少しずつ赤面する。

えっなっ今……っ



「なんでっ耳! 噛んだの?!?」

「困ったら耳さわる癖あるだろ,綴。嫌でも思い出すように,印」

「そんな癖,ない」

「特に。例えば,あいつといるときとか」



誰,と鈴を見上げる綴。



「小宮山 優」



フル,ネーム。



「なんでずっとあいつといんの」



扉を背中に,少しずつしゃがんでいく綴りは,ぺたりと座る。



「綴。俺になんか隠してること,ない?」



上から囲い込むように覗かれて,観念する綴。



「ある。ごめんなさい」



優との事を白状させられる。



「まあ,そんなことだとは思ってたけど」

「だからって噛まなくてもいいでしょ!? 鈴くん!!」

「なら,一回だけ仕返ししてもいいよ」



どうする? 

余裕そうに振り返る鈴。

鈴くん,楽しんでる……?

悔しさに鈴に近づく綴。

首もとまで顔を寄せるも出来ないと鈴の体を押して恥じらう。

押された体を近づけて,鈴は綴の首筋に吸い付く。



「今度はなにしたの……」


真っ赤な顔の綴。

あけられた第一ボタンを止めながら呟く。

その姿を見て,満足げに出ていく鈴。

どういうことなの……?

綴はがちゃりと鈴の出た扉の鍵を閉める。