⚪家 リビング 朝

ソファーを独占し,スマホ片手にアイスを含む綴。

膝を立てソファーの下,綴の足元でスマホをいじる鈴。



「休日の昼前からアイスかよ」

「む。いーでしょ別に。暇なんだもん」



なんだか,距離がずっと近くなった気がする。

頬杖をつき,鈴を見ながら嬉しそうに足をぱたぱたさせる綴。



「風」



足を揺らす綴に鈴が顔をしかめる。



「どっか」



ぽつりという鈴。



「え?」



綴が動きをとめ鈴を見る。

ぐりんと見上げる鈴。



「出掛けるか?」



じわりと見開き,ぱっと笑顔になる綴。



「行く!!」



支度を終え玄関に揃う2人。

鈴はドアに手をかけ振り向いている。

右手には黒キャップをひっくり返して肩に。

長袖のロンT,黒めのジーパン。

腰の絞られたワンピース,横に一つ纏めた髪型の綴。

こっこれって,デート?

仮にも夫婦な訳だし……

どきどきと鈴を見る。

目があって,ふと力を抜く。

変なの,この前あったばかりの人なのに。

普通に楽しもうと,ルンルンに降りる綴。

鈴が外に出る。



「ねぇなんで? なんで急に?!」



綴が追いかけ横に並ぶ。



「いいだろ別に。この前も結局1人で買い出し行ってっし」



?! と鈴を見上げる。

だっだってどっちなのか分かんなかったし……

りっちゃんと遊んだ帰りで丁度良かったんだもん。

回想

カフェで彼氏について問い詰められる綴。

アクセサリーを眺める2人。

暗い夕方の道に光るスーパー。

回想終了



「連絡先,しらないし」



小さく呟く綴。

鈴はちらりと綴の顔を見ている。



「ね,そう言えばどこ行くの?」

「どこでも。必要なもの見てもいーし,どっか行ってもいーし。綴が決めて」



きらきらと喜んで,考える綴。



「足ならあるから」



親指で示す鈴。

丁度家の前に黒い車が止まる。



「おぉ~!!!」



わくわくとはしゃぐ綴。



「無難にモールに行こう!」


⚪車



「お願いします」

「いえいえ」



車に乗り込む2人。

綴が鈴の家に手配された若い男に会釈をする。

黙ったまま窓の外を眺める綴。

流れる車や景色,信号の赤で止まり,若い親子が歩道を渡る。

青になり,聞こえるエンジン音。

思い出すな,想像するな。

事故なんて,そうそう起きるものじゃないんだから……

綴の自分と反対に捻れた首もとを見る鈴。

急に静かになったな。

綴の腕をつつき,LI⚪Eの交換画面をんっと出す。

驚く綴。

ゆるく笑んで同じ様に返す。

鈴の表示に口元が緩む。

鈴も画面を静かに見つめている。

鈴がそっと開いていると,クマのスタンプが。

可愛く微笑むクマの横によろしくねの文字。

目を見張り,緩める鈴。

は,ガキかよ。

鈴をちらりと見上げ,くすくす笑う綴。

ープップー!

びくりと肩を揺らす綴。

びっくり,しちゃった。

どくどくと鳴る心臓に,きゅっと唇を結ぶ。



「……さっきから元気なくね? お前,酔いやすいタイプ?」

「うん……そうかも」



薄く笑う綴をミラー越しに見る運転手。

察した様に1度短く目を閉じる。



「鈴様。ここからはあと少しですので。たまには歩かれてはどうですか? 綴様とでしたら,それも悪くはないかと」



そっと出される提案に,綴から目を離さない鈴。

綴がほっとしたのを見逃さない。

⚪駐車場



「配慮が足りず申し訳ありません」



ぺこりと頭を下げる運転手。



「いっいえ,安全運転でとても助かりました」



やっぱり,気付いてたんだ。

申し訳なく困った顔で笑う綴。

歩道を歩く2人。

ポッケに片手を入れて歩く鈴。

様になるなぁ……

綴は試しに歩く速度をあげる。

横から消えない鈴。

ふふ,やっぱり合わせてくれてる。



「何?」



鈴は急に笑顔の戻った綴に顔を向ける。



「ううん」

「っおい」



たっと駆け出した綴。

鈴の言葉に,いたずらに笑う。

⚪モール内 エスカレーター付近



「どうする? 映画見る?」



ペットボトルジュースを傾ける鈴を覗き込む綴。

他意はないけど……

鈴くんはそういう,"らしい"のは嫌かな。

きゅっと蓋を閉じる鈴。



「寝るだろ,綴」



綴はカッと赤くなる。



「ねっ寝ないよ! だからだよ!」



リベンジ! と叫ぶ。

ふと笑って指を指す鈴。



「あっち」

「流石鈴くん!」



嬉しそうに笑う綴。

目を見張る鈴。



「調子いーな,ほんと」



綴の後頭部をポンと叩き,前を歩く。

??

両手で押さえ,口をすぼめて困惑する綴。



⚪映画館 食品売場(?)



「ポップコーン,何食うの?」

「キャラメル! あっまいのがいい!」

「ジュースは?」

「んー~,ピーチ!」

「ふーん」



ふーんて,ふーんて!

む~と怒る綴。



「あっ待って!」



すたすたと置いていく鈴。

えっなんで?!?

ー大変長らくお待たせいたしました。11時25分上映,映画ーーーーの入場を開始します。

館内のアナウンスに,人が綴を遮るように横へ流れる。

わっ人多い! 

久しぶりすぎて抜けかたが分からない!!

おろおろと回って遠回りを選ぶ綴。



「……何してんの?」



ジュースを飲みながら戻ってきた鈴。



「っもう! 鈴くんが置いていくからじゃん!!って」



わっと怒る綴が,ぱちくりと目を丸くする。



「それ,私のも買ってきてくれたの?」



青いトレーの上に,ジュースが2つとハーフの大きなポップコーン。



「あとで返すね」



歩き始める2人。



「いらない」



だから置いていったんだ。



「ありがとう」



素直に微笑む綴に,やりづらそうな顔をする鈴。

⚪チケット提出付近



「あ,鈴くん落ちそう」



危うい角度を保つポップコーン。

トレーを持ち直し,鈴がつまむ。

鈴の指をぎりぎりに,綴の唇にふにと触れるキャラメル味。

薄く開いて素直にもぐもぐと食べる綴。

そう言うこと,しちゃうんだ。

っていうか,自分で食べればいいのに!!

顔を赤くして歩く綴。

鈴はもうくるりと前を見ている。

⚪劇場内

恋愛もの見ないっていってたのに。

横を見る綴。

じっと見てる,似合わない。

鈴は綴に気付かず前を見ている。

回想

ポスター前を歩く2人。

「あ」

鈴の背中を握って,つい声をあげる綴。

『ごめ,好きな漫画の実写でして……』

鈴の言葉を覚えており,きょろきょろ目を回す綴。

回想終了

付き合って,くれるんだ。

ジュースを含み,前を見る綴。

⚪雑貨屋前



「ねぇ見て鈴くん。これ可愛くない? あげる!」



つるつるのマグカップを出して見せる綴。

女子らしいセレクトに真顔の鈴。



「自分の選べよ,綴」

「私のもあるよ?」



袋をいくつも持つ鈴に,綴は両手で四角い箱を掲げる。 



「…………あっそ」



ふいと顔をそらす。

楽しげにまた何かを新しく見つける綴の顔を,じっと見る鈴。



「帰り,歩きでいく?」

「え」



ぴたりと動きをとめ驚く綴。



「う,うん! そっちの方が楽しいし!」



⚪回想

『お前,酔いやすいタイプ?』

『うん……そうかも』

『配慮が足りず申し訳ありません』

回想終了

かさりと綴の荷物を持ち直す鈴。

「……」

顔ちょっと怖め。

⚪家 夜。

ポットのお湯が沸く。

可愛くて薄い寝巻き姿の綴。


「~♪」

良かった。

押し付けたみたいになっちゃったけど,コップ貰ってくれて。

お揃いのマグカップを並べて満足げに微笑む綴。

コーヒー豆,ちょっと貸してね鈴くん。

勝手に2杯淹れる。

コップを両手で包んで,熱に慣らす綴。

ーガチャ

片手にスマホを持って来る鈴。



「あっ鈴くん! ? 電話してたの?」



なにも言わない鈴。



「?」

「あのさ」



マグカップから手を離す綴。



「話があるんだけど」



何を考えているか分からない顔の鈴。



「何で綴が俺と結婚しようと思ったのか」



どきりとする綴。



「由希……昼の運転してたやつに聞いた」

「え……そう,なんだ」



何でだろう。

うつむく綴。

急にって思ったのもあるけど,ざわざわする。

綴は顔をあげる。

そうだ,私。

瞳に鈴を映す。

今さら,せっかく近づけるようになったのに。

お金と居場所だけが目的だったなんて,知られたくなかった。



「……ごめん。恋愛とか呑気で甘えたこといってんの,俺の方だった」



綴は予想外の言葉に顔をあげる。

ごめん?



「大事な弟の意味もようやく分かった」



小さい頃からお通夜の日の一希が綴の頭に流れる。



「なのに突き放して,独りにして悪かった」



鈴が真っ直ぐ綴を見つめる。

顔を歪める綴。

見ていられない。

ぐっと顔をそらす。

鈴くんは,この前も今も。

本当に悪いと思ったら,謝れる人。

"突き放して" "独りにして"

違う,違うもん。

ままもぱぱもいなくなっても。

たとえ大好きな家が変わっても。

お母さんまでいなくなっても。

また居場所が変わっても。

まだ一希が,一希や友達がいるもん。

言わないでよ,言わないで。

腕一本で涙隠し,唇を結んで嗚咽を隠す。

ーふわっ

正面から軽く抱き締められる綴。

しゃっくりをして,見開く。

さらりと撫でる鈴。



「でもちゃんといる。いるから」



ぎゅっと距離を詰められる。



「っ……」



ぎゅっと目を閉じる綴。



「怖いくても寂しくても,もう誤魔化すな」



鈴の胸板を腕いっぱいに押す。

鈴は大人しくはなれる。



「何か私,泣いてばっか」



口元に震える笑みを浮かべる綴。



「えへへ,もう,泣かないから」



恥ずかしげに,笑う。

綴を見る鈴。

ふっと,笑う。

あっ……笑った。

きゅうと胸を詰める綴。



「ん?」



惚ける綴に鈴が優しく微笑む。



「な,なんでもない。コーヒー,飲む?」

「……飲む。でも,そんなもん飲んで寝れなくなってもしらねーからな」



綴の頭を撫でて通りすぎる鈴。

ま,またすぐ撫でる!!

とくとくする。

顔を赤らめていく綴。



「ソファーの前でいい?」

「……うん」



鈴が2つのマグカップを掲げて戻っていく。

男の人に抱きつきたいと思ったのは初めてだった。

鈴の背中を目で追う綴。

男の人の頭を撫でたいと思ったのも。

初めてだった。

表情を震わせて,右手を胸で握る。