仲直り,しなきゃ。

あんな風に怒ってごめんって。

キッチンに向かう綴。

ーブーー



「わっ電話っ」



綴はUターンで鞄を漁る。



「りっ……ちゃん?」



スマホに理海(りみ)の表示。



「もしもし? りっちゃん?」

『はいはいそうです,篠原のりみですよーっ』

「どっどーしたの?! 私今,ちょっと時間が」



夜ご飯作らなくちゃいけなくて!



『んー,やっぱ,元気無かった気がして』



いつもは滅多に電話なんてしないのに……

感極まる綴。

流石,親友。

りっちゃんにも,何も打ち明けられてないのに。



「ううん,大丈夫。でも,1個だけ相談してもいいかな」



ちゃんと,心配してくれる。




『何でも聞くよ!』

「あのね……私,実は彼氏が出来たんだけど,ケンカしちゃって。どうしたらいいかな」



えっと驚く理海。

綴はその返答を聞く。



『ま,あくまでうちの母親の話で,彼氏に効くかは分かんないけどね~』

「理海,りっちゃん」

『え?』

「それ,いいかも」



電話を切る綴。

三日月の光る星の綺麗な夜。



「晩御飯,出来ました」



下からの呼び掛けに降りてくる鈴。

やっぱり,何も言わない。



「遅くなっちゃってごめんね」



気丈に振る舞うも,ふとあった目に綴は顔をそらしてしまう。



「お風呂も,さっき沸いたって。ありがとう」

「別に」



鈴が綴の横を抜ける。

机の上を見て立ち止まる鈴。



「……なんでこれにしたの?」

「さっきおじいさんに聞いて。昔からこれが好きだって」



チキンカレーの上に,とろとろのチーズ。

なのにどこか不機嫌にも見えて……



「ふーん」



そっけない。

ずきりと胸が痛むものの,仕方ないと頭を振る綴。



「明日も作ろうと思うんだけど,鈴くんは何がいい?」



買い物,やっぱり来てくれないかな。

答えず黙々と食べる鈴。

しゅんとへこんで,鈴の視線を感じて笑顔を作る。

えっと……



「まずい」



えっ。

カタンと席を立つ鈴。

そのまま鍵と財布を手に,家ごと出ていってしまう。

ぽろ……と綴の目から溢れる涙。

ぐしぐしと拭って,立ち上がる。

ぴっぴっと何度も失敗しながら,2つにラップをかける綴。



『私のお母さんはよく物で釣ってるよ。おばあちゃん直伝,お父さんの大好物』



いい案だと,思ったんだけどなぁ。

直伝じゃないから,だめだったのかも。



「はは」



私のせいで帰ってこなかったら,どうしよう。

ここはもう鈴くんの帰る場所なのに。

ーガチャリ

思わぬ音に驚く綴。



「鈴,くん。あっお帰り!」



涙を袖に染み込ませて,笑顔を向ける。



「お風呂,先貰うね。おやすみ」

「……それ」



片付け忘れた,ラップのかけられた2つのお皿を指差す鈴。

綴がさっと後ろ手に1つ隠す。



「あっえっと。お腹,空いてなくて。あんまり上手く作れなかったかもしれないし,ね」



嘘。

私は自分で美味しいと思った。

『まずい』

でも初めて貰った鈴くんからの感想に,嘘をついてしまう。



「代わりを作れれば良かったんだけど」



鈴からの視線に焦りを募らせる綴。

だんだん早口になって。



「ごめんね,冷蔵庫,もう何もなくてっ」



また,その場しのぎの謝罪が飛び出す。



「そんなの」

「今じゃなくていいから,何か食べたくなったら明日」



紙でも口でもなんでもいいから。

言え,ない。

そんな寂しいこと,言えない。



「綴」



はっと見張る綴。

溢れた涙が大粒に落ちる。



「ごめん」

「えっと,何? が」



突然のことに,何もなかったことにしてしまう。

涙を隠して,口元だけ笑わせる。



「何で理不尽に責められて,普通にしようとすんの? 怒れよ」

「だっ,て」



私も自分本意に言いすぎたから。

コンビニ袋からカップを渡される

よく見るそれは,ちょっと高い方のプリン。



「なに,これ」

「お詫び。これからは何かあっても,こんなことしなくていい」



鈴はすっと目線をチキンカレーに向ける。



「悪くねぇーのに機嫌取ろうとなんてしなくていい。せっかくのカレーが不味くなる」



ああ。

まずいって,そっちだったの……?



「めっちゃ旨かったよ,ありがとう」



手のひらのカップを初めて握る綴。



「私も……色々からぶって,ごめん」

「もう,謝んな。おま……綴は何も悪くない。俺がクソガキだっただけ」



綴って,言い直してまで呼んでくれてる。

あ。

私が,昨日,言ったから?



「クソだせーよな,ほんと」



プリンに焦点を充てて呆然とする綴の手を握る鈴。

綴がそっと目線をあげる。



「ごめんな。自分勝手でサイテーな事言って,突き放して,傷つけて。綴を人間だと思ってねーって言われても仕方ねーわ」

「えっやっ……そこまでは言ってな」

「だから,これからはちゃんとするから。人として話も聞く,目も合わせる,綴の言葉にも出来るだけ応える」



鈴の瞳に引き込まれる綴。

相変わらず,表情は少ない,けど。



「ただいまは?」

「いう」

「お帰りは?」

「いう」

「おいしいは?」

「ちゃんと言うよ」



綴がこくんと小さく頷く。



「私も……次はいらない。ケンカしても,こんな"物"じゃ許さない」



ぷんぷんと怒りを表して拗ねる綴。

まだ,結婚3日目,同居2日目……だもんね。

綴の見ていない間に,ほっとした顔をする鈴。



「それ,食べていい?」

「あっ温め直」

「それがいい」

「……うん」



もう一度手を合わせて,何となく沈黙になる。



「おかわりは?」

「あるよ」



名前を呼ばれて,顔をあげる綴。



「うまい」



まだ泣いた後の潤みが残ったまま,嬉しそうに笑う。

⚪家 キッチン

綴がお皿を水につけて一息つく。



「コンビニの向かいでビデオ借りてきたけど」

「……見る!!!」



とたとたとリビングに戻る。



「ホラー。恋愛は見ないし,アクションも気分じゃなかったから」

「うえ……全然いける,大丈夫」

「今うえって言っただろお前」



いいからいいからとDVDを急かす綴。

鈴は嫌そうに押されながらセットする。

流れ初めて,綴は鈴との座る距離の近さに気づく。

きれい。

太ももの近くに置かれた鈴の手に,とくんと胸が鳴る。

なんだろう,泣いたあとで眠いのに……

すごく,どきどきする。

緊張にも似ているような,違うような。

じーと見つめ,ふと鈴を見上げ。

テレビの光が当たる綺麗な顔面を不思議そうに眺める綴。



「なに,やっぱ怖いの」

「ううん。びっくりさせてこないやつは怖くない」

「グロいだけならいいってことか」

「うん」



言葉の少ない綴をちらりと見て,テレビへ戻す鈴。

人がいっぱい,泣いたり怒ったり。

これは,大変だ。

他人事に見ながら,ふわあとあくびをする綴。

安心する,かも。

ーチッチッチッ



『全部,全部嘘だったんだな。そう,お前によって────』



10時を回り,終盤に差し掛かる映画。

静かに聞こえる音に,気がつく鈴。

ーすー,すー。

寝息かよ。

鈴は呆れながらその顔を見る。



「まだ途中だろ。……無防備に寝晒してんじゃねーよ」



涙で赤くなった頬を擦る。



『私は! 私を望む人に,一生をあげるつもりで,来たんです。だから浮気なんて,しません』



泣いて怒って笑って,忙しいやつ。

俺のせいだけど。



「なんでお前,これっぽっちも興味ねーくせに俺んとこ来たんだよ」



今なら分かる。

俺の自意識過剰だったって。

だからって他に男いるなんて思って。



「はず,俺」



もう映画の内容なんて音ひとつ入らない。

こんな気になるなら,じいさんに理由くらい聞けば良かった。

回想

『ほんとにそのまま会いに行くのかー?』

『女だって分かってりゃいーよ。次断るのもだりーし』

『ほんとにそんなんでいーのかのー……まぁ,相手はいい子じゃ。心配いらんよ』



すたすた歩く鈴と,ぱたぱた追いかけながらうんうん頷くおじいさん。

回想終了

自業自得すぎる。

目付きが悪くなる鈴。



「ごめんな───綴」



さらりと寝顔にかかる髪の毛を撫でる。

鈴はぼおと意識がなくなったように寝顔を眺める。

すーっと寝息が通り,口が半開きになる綴。

鈴ははっと手を引っ込める。

信じられないように顔を歪め,綴に触れていた手を自分から離す鈴。



「何してんだよ,ありえねー……」



ふいとそっぽを向き,横に大きく立てた膝へ頬付けをつく。

綴が鈴の背中をつかむ。

綴と同じキッチンの方向を向く鈴の,その頬が赤い。