「じゃあそこがお前で,正面が俺。隣は……物置にでもしとくか」



勝手に決めて勝手に荷物を運びいれる鈴。

物置なんて勿体無い。

取り敢えず自分に振り分けられた部屋をきょろきょろと見渡す綴。



「あ,そうだ」



ドアを全開にし,ガムテープを剥がしながら鈴が言う。

手を留めた綴。



「俺の部屋,勝手に入るなよ」

「なっ……用も無いのに入ったりなんて,しないよ!!」

「ならいいけど」



慌てる綴に反して,そっけない鈴。



「お前さ,充分に暮らしていけるくらいの家事能力,ある?」



そこが重要だと言わんばかりに眉を狭める。



「た,多分……お母さん仕事の日とか」

「良かった。俺はいつか困ると思ってたくらいしかできない」



綴の頭に手を置いて,鈴が無邪気に笑う。

あんな家に住んで,お手伝いさんもいて。

それでも頑張ったなら私よりすごい。



「あと,これだけは言っておくけど」



初めて手を止める鈴。



「俺,相手とか別に誰でも良かったから」

「え……?」

「愛とか恋とかめんどくせぇこと言うなよ」



淡白な表情を向けて,ドアを閉める。

期待,するなって……こと?

呆然とする綴。

声を震わせて,ドアの向こうに叫ぶ。



「私っ……! 綴っていうの!! お前って……呼ばないで!」




返事はなく,綴はちゃんこ座りで段ボールを開ける。

鈴くんは,本当に私としての存在を求めてない。

閉じて,その上に雫が落ちる。

そこまで求めたつもりは……無かったんだけどな。

だけど,両親はいなくて。

親戚の仲も別に良くはなくて。

祖父母は遠く,片方は祖母の一人暮らし。

ついにここまで育ててくれたお母さんもいなくなって,こんな時に一希とも暮らせなくて。



「ぅ……あ」



少し良好な関係の隣人を,家族を求めていた自分を自覚する。

それもだめって,こと?

ぐいっと手のひらで目元をぬぐう。

頑張らなくちゃ。

これも全部,一希に私の·将来の心配をさせないため。

⚪家·リビング 夜

フライパンの炒める音。

火をとめる綴。

なんで,あんなこと言っちゃったんだろう……

鈴が階段を降りてくる。



「あっ」

「? なんか音すると思ったら……飯?」



綴がこくこくと無言でうなずく。

あんなこといわれた後じゃ,気まずい。



「ごめん,寝てた。片付けと風呂は俺がやる」



でも協力的,なんだよね。

なんだと肩の力を抜く。

良きルームメイト,ってことなのかな。

ほっとしながら配膳する綴。

向い合わせの机に座る。



「「いただきます」」



……沈黙。

もくもく食べる鈴をじっと見る綴。

悪くはないって,ことかな。

味見,悪くなかったと思うんだけど。

そわそわと落ち着きなく食事をする。



「ごちそうさま」

「あ,うん。お粗末様でした」



早いな。

ガランと空いた空間を見て。

綴はお茶をぐいと煽る。

苦手なものとか好きなもの,聞けなかったな……

⚪綴の部屋 夜

ベットに眠る綴。

なんだか,疲れたな。

慌ただしい1日を浮かべる。

どきどきしちゃう。

新しいことへのどきどき,明日や鈴くんへの,不安。

大丈夫,大丈夫。

大丈夫,かな……

急に結婚なんて,無茶だったんじゃ……

声を殺し泣きながら,布団を握りしめる。

お母さん,一希。

おや,すみ。

綴が眠りに落ちる。

⚪住宅街 夕方

あー,疲れたぁ。

うんざりあるく綴。

⚪回想

先生にはお願いしてるものの微妙な目で見られるし。

それもそうか

友達には元気ないって言われるし。
(訃報に結婚なんて伝えられないよ)

流石に,新婚です! 予定だけど新妻です! なんて言えない……

回想終了

苦笑いでそっと自分のセーラーを見る。

朝も不思議な気分だったな。

回想

鏡の前でリボンをとめる綴。

結婚,したんだ。

制服着るの,変な感じ。

でも今日も,学校……

回想終了



「……一希?!」



曲がり角から一希が出てくる。

学校·鈴と綴の家·屋敷の順にあるため,遭遇。



「……誰? 美和(みわ)の知り合い?」

「誰でもいいだろ,先行ってて」



気遣うように友達を追い払う一希。

そっか,養子とか同じ母を喪った姉とか。

言わないでくれたんだ。

お母さんの優しさで名字も違う私のために。

くすりと微笑む綴。



「ごめんね。友達?」

「うん」

「どう? 学校とあのお屋敷」

「別に。前より近くて楽。あといいとこ行けるように,家庭教師つけてくれるって」



歩きながら,驚く。



「え?! そうなの? ……無理しないでね」

「ねぇちゃんこそ」

「私は楽しいよ! 鈴くんって言うんだけど,家事もしてくれるし」



それ以外に話せることはないけど。

ぐっと握って,あせあせと笑う。

それを見てため息をはく一希。



「すぐ,迎えに行くから」

「え? ちょっと?! ……またね~!!」


去っていく一希に,まったく,と。

鞄を持ち直し笑う綴。


⚪家 玄関 



「たっだいま」



少し浮わついた様子で靴を脱ぐ綴。

キッチンで手を洗い,冷蔵庫を開ける。



「明日……買い出し行かなくちゃ」


綴は鶏肉を取り出す。

ソファーに座っている鈴。

綴が勇気を出して声をかける。



「ね,ねえ! 良かったら,明日一緒に買い物行かない? ついでに外食してもいいし!」



好みも知れる,一歩近づける。

一石二鳥だと一石分の勇気に目をぎゅっと瞑る綴。

鈴がチラリと目線だけを寄越す。

手元に本。



「帰ってきたばっかだってのに,テンション高いな。どんなモチベで生きてんだよ」

「なっ失礼な! 頑張った後はその分楽しむの!! それに……良いこともあったしね」


学校はそれなりに大変で,それなりに疲れて。

授業中だろうが,喪った寂しさにうっかり涙も溢れたけど。

その帰りに,一希に逢えた。

その安心はとても大きい。



「……早速浮気?」

「っは」



無表情の鈴。

戸惑う綴。

カタリとパックが音を立てる。



「家の近くでイチャついて,直ぐに顔に出して。別にいいけど」

「なんの,話を」

「隠すつもりもねーのな。何の気で俺ん家来たのかしんねーけど,自分から持ちかけといて」



何を言われてるのか,分からない。

でも,責められている。



「しかも年下。最悪。どーでもいーけど,後から俺をわるもんにすんなよ」

「……弟」

「え?」

「それ,弟」



目を丸くする鈴。



「美和一希。義理だけど……私の唯一の大事な弟」



唇を引き結ぶ綴。



「大事だから。逢えたら嬉しいに決まってる。結婚の理由なんて……鈴くんが気にしなかっただけなのに」



どうでもいいみたいにする鈴くんに話せたはずもない。

内容だって進んで話したいものじゃなかった,時間だって無かった。



「だったらサインなんて,OKなんてしなきゃ良かったのに!!」



確かに,自分のことしか考えず向かったのは私。

最初に顔も知らずサインしたのも私。

だけどそれを受け入れたのは……鈴くんだ。



「何を,拗ねて怒って。私の言葉は聞いてくれないのに」



くずっと鼻を啜る。

その音に戸惑い顔をあげる鈴。



「おま」

「何を望んでるんですか。自分は期待するなって突き放して,どうしろっていうの!」



綴は目を目一杯開いて,涙をため睨む。



「私は! 私を望む人に,一生をあげるつもりで,来たんです。だから浮気なんて,しません」



疑われることすら悔しいくらい。

ちゃんと覚悟を決めてからあの家を訪ねた。

たとえ,実際には家族としていらなかったとしても。

歩み寄るつもりがあった。



「部屋に,いてください。夕飯ができたらお呼びしますから」

「……」

「もう何も聞きたくない」



綴はビッと扉を指さす。

頭を下に傾けて,黙ったまま出ていく鈴。

ごめんも,違うも,話そうも無い。

何も言わず,行っちゃった。

ソファーにすとんと座る綴。

……あったかい。

鈴が座ってた熱に気がつく。

⚪うっすらとした夢の中 キッチン



『綴ーケンカはね,引きずっちゃだめなの。少しくらい悔しくってもね,その日のうちに解決しなくちゃ』

『でも,いじめられたらちゃんと言うんだぞー? ぱぱが助けてやるからな』

ぱぱ,まま。

もう,顔も思い出せないのに。

ずっと忘れていた会話が,声が聞こえる。



『綴。仲直りと長続きの秘訣は,ケンカした時の感情を明日に持ち越さないことよ。相手が大事なら尚更ね』



譲れないこともあるでしょうけどって。

いつか,あなたも同じようなことを,同じ顔で言った。

そうだったよね,お母さん。

⚪家の中

目を覚ます綴。

私,座ったまま……

時計を見る。



「っ20分! あっぶなあ,起きれて良かった」



顔を扇ぎながら,ぱたぱたと動き始める綴。

幸せで安心する夢を,見た気がする。