⚪古めの家 夜中

真っ暗な家の階段前,玄関のそば。

置き電がなる。

ープリューリュリュルル

ープリュールルルル

ーピッ



『はい,』



帰ってこない,私の2人目の母。

12時を回ろうとする,時計の針の音。

重なる不穏に受話器を取れば



『──のお宅ですか? 落ち着いて───』



また私の世界が塗り変わる,悲しいメロディーが流れた。

ふらっとよろけるヒロイン。



ードッ



……

……。

……



眠たげに弟が階段から降りてくる。

右手でお腹を掻いている弟。

髪の毛は短め,黒。

睫長めのタレ目。

中学2年,細身で背は高め。



「……? ねぇちゃん? なんか下からすごい音…… ッ!」



転げ落ちる勢いで階段を下る弟。

青ざめた顔で倒れているヒロイン。



「ねぇちゃん!!!!」

『日野さん?! どうかしましたか? 日野……ザザ』



弟が姉と電話を交互に見る。

ヒロインを抱えあげ,受話器に耳をあて。

聞き終えたあと一言告げ,腕の中の姉を小さく抱き締める。

ドアをあけ,リビングへと運ぶ弟。

ドアがしまり,時計の秒針が5分をさす。

⚪木造の大きな屋敷 昼

母が,亡くなった。

家を見上げる綴。

1つ縛り。

右手に封筒の束。

回想 

小学校に2年生の頃,学童に行っていた私。

外食にしようと,産みの両親は私を迎えに同じ車に乗っていて。

信号無視の高速トラックに衝突され,亡くなった。

それを引き取ってくれたのが,夫と離婚して直ぐだったお母さんの姉。

私にとって2人目のお母さん。

もうあんな思いはしなくて済むと,そう思ったのに。

帰り道の急カーブを失敗し,ガードレールを突き破って崖から落下。

それが今回の死因で,近所のおじいさんがガードレールの損傷に気付き,ようやく発見されたらしい。

回想終了

チャイムをならす綴。


⚪和室 


「じゃ,そうゆうことでいーんじゃな」



にこにこの小さく細身なおじいさん。



「……っ~はい」


綴はだらだらと冷や汗を流す。

瞬きをし,1枚の紙にペンを持って迎え撃つ綴。

"婚 姻 届"

これで……

これで一希と離れないで済む……!!!!!

綴がぎゅっと目をつむり,サインする。

⚪回想 綴と一希の家 夜

数少なの,お通夜の風景。

帰っていく人を見送る綴。

外にいる綴のもとに,家の中から一希が出てくる。



『俺達,離れないといけないってほんと?』

『……うん。やっぱり2人は難しいよ。皆バラバラの所で暮らしてるから,もう会うのも難しいかも』



上を見上げ,ため息をはく綴。

貰い手があるだけ感謝しなきゃ……

唇を震わせる。



『一希……ッ。さみしい,さみしいよ……っ! 嫌だ,離れたくない。私の家族なのに,なんで……!!』

『俺も,いやだ。シングルの母さんの遺産じゃ足りないなら,俺も今年中学卒業した後,働くから』



回想終了



そんなの,だめに決まってるでしょ……ばかね。



「じゃあ,息子も呼んでくるでな」

「……はい」



おじいさんが紙をもってよっこらしょと出ていく。

手元に視線を移す綴。

それぞれ別の日付が書かれた封筒。

遺産整理で見つけた,お母さん宛の手紙。

⚪回想

失意の表情で首をかしげ箱を開ける綴。

紙束を手に取る。

内容。

"日野さんの孫" "見合い" "1度だけでも"

"家族の援助"

回想終了

首を傾け,静かに目を開ける。

ーッストンッ!

襖が1度に開けられる。

はっと顔を向け,背筋を伸ばす綴。

見下ろしてくる,切れ長の瞳。

さらりとセンター分けの前髪が揺れて,綴は息を呑む。

全体を認識した綴の,健康に赤らむ頬がみるみる青くなる。

し,清水(しみず)……(りん)……!!!!!

来ようと思えば,家から充分徒歩で通える距離。

同じ高校に通う可能性を考えなかったわけじゃない,け,ど……

清水 鈴と言えば,隣のクラスで,人身事故が起きるほどモテていて。

そんな彼が,資産家の孫?! 息子?!

そんな,清水鈴と私が……学生結婚?!

白目でおろおろする綴。

ちょっと,まって。

本当に,この結婚にOKしたの?



「じゃあ,後は新婚のお二人で。届けは時期が来たら出しとくでな」



去っていくおじいさん。



「あの……私のこと,知ってますか?」

「……だれ」


雷に打たれたような衝撃を受ける。



「おじいさんと私の亡くなってるおじいちゃんが仲良しだったみたいで? お見合いの話を貰ったんですけど」



ゴルフの先輩後輩だとか。

見せて貰った写真を思い出す。



「サイン,しました?」

「した。ってか敬語ウザい」

「ひょえっ」



縮こまって震える綴。

なんでこの人こんなに怖いの?

私のこと知らないってどういうこと?



「なに,しない方がよかった?」

「いっいえそんなことは……!」



そんなことは言ってない。

鈴の右耳のピアスに目を留める綴。

だってこれは,私達2人を養子に引き取って貰う為の条件,だから。

受けてくれるならそれに越したことはない。



「俺は将来会社継ぐための条件が結婚(これ)だから。遠い話だと思ってたけど,うるさくなさそうな丁度いいのが来たから受けただけ」



ひどい言いぐさ。

目の合わない鈴。

目線を落とす綴。

分かった,私。

この人は怖いんじゃなくて……冷たいんだ。

何でだろう,私のことも事情もきっと本当に知らなくて。

さっき初めて適当にサインしただけの人なのに。

なんでこんなに,私のこと 嫌い なんだろう。

顔をあげて,目の合わない鈴をじっと見る。



日野(ひの) (つづり)。今日から清水になったけど。これから,よろしく。……鈴,くん」



鈴が綴に目を向ける。

敬語,嫌なんでしょ?

結婚も,サインしたくせに乗り気じゃないんでしょ?

いいよ,もう,だったら。

私が勝手に,頑張るから。

ニッと震える顔のまま強気に笑う綴。

鈴が目を見張り,立ち上がる。



「相手の顔も知らず,何のつもりで来たのか知んねぇけど。ばっかじゃねーの」

「ばっばかじゃない!!!」



慌てて立ち上がった綴。

ふらりとよろける。

鈴が咄嗟に支える。

真ん丸の目でしがみつく綴。



「びっっくりしたあ……!! し,しびれるぅ」

「……やっぱバカだろ,お前」

「うるっさい! うぅ,ごめんまって離さないで……!!!!!」



バカにするように笑う鈴を見上げる綴。

なんだ,淡白な表情よりこっちのがいい。

転びそうなのも助けてくれたし……

態度は最悪だけど,悪い人じゃないのかも。

にししと笑う。

この世界にもまだ,救いはあるのかも。



「じゃ,もう行くから。さっさと帰れ。……ふっ,もう転ぶなよチビ」



……やっぱり態度"は"じゃなくて,性格"も"かもしれない。

拝啓お母さんお父さんお母さん一希。

私はこの人との結婚生活,やっていけるでしょうか。


⚪新築の前 昼

車から降りる綴。

次に鈴。



「……わあっ……こんな戸建て……ほんとにくれるつもりなの?!」



目を丸くする綴を追い抜く鈴。



「本気だろ,あのじいさんは。早くしねーと荷ほどきの時間無くなるぞ」

「あっうん!」



嘘でしょと困惑しながらも続いて入る。

ーガッチャン!

オートロックッ!

音に振り返る綴。

⚪回想



『直ぐそこだから。困ったら絶対電話してね,一希。絶対だよ!』



屋敷の一室で一希の両肩を掴み,微笑む綴。



『でもねぇちゃん,結婚とか』



眉を寄せ唇を引き結ぶ一希。

でた,能面。

これは耐える顔。

だけどまだ婚約だけだと思ってるだけ,いいよね。



『だーいじょうぶ! ここの人も皆いい人だし,ものは試し! ね? やだったらまたどっか探そ!』



綴は丸を作ってウインクする。



『綴さーん,お迎えが参りましたよー!!』

『……はーい!! 直ぐ行きます!』



返事をして,一希に向き直る。



『また会えるよ。取り敢えず数日以内にまたくるね』



……置いてきちゃった。

いきなり2人暮らしなんておじいさんも気が早いけど,その分私が幸せそうにしてなくちゃ。

心配させちゃうよねっ!

ぱしんと顔を叩き,2階を見に行った鈴を追う。

追い付きそうになったところで,躓く綴。

前後に傾いて後ろに浮く。

鈴が自分も傾きながら,綴を支える。



「あ,ありがと」

「ほんっとにそそっかしいな」



むっと綴が唇を結ぶ。

ほんと,なんで鈴くんの前だとこんなにどんくさいところばかり……

でも,何だかんだ文句いうくせに。

大人しく階段を登りながら,鈴の背中を盗み見る。

結構,世話焼き……だったり?

小さく笑って階段を上る綴。

鈴がそっと後ろを窺っている。

ほんと,なんだコイツ……