「そんなー、副社長様!あの、どうかお手柔らかに。そしてどうか!住谷さんとのことは、ご本人にも内緒に…って、あら?」

文哉を追って部屋を出た真里亜は、いつもの見慣れた光景にポカンとする。

「え?ここ、副社長室?あれ?」

キョロキョロと辺りを見渡す真里亜に、文哉が勝ち誇った顔で言う。

「バーカ。お前が寝たのはホテルなんかじゃない。副社長室のプライベートルームだ」
「あ、なんだ。そうだったんですね。良かったー。それによく見たら、私ちゃんとスーツ着たままですしね。あー、ホッとしたなあ」
「よく言うよ。酔っ払った挙げ句に人を鬼軍曹呼ばわりして、更にはプライベートルームで寝るなんて…。前代未聞だ。それにお前、今スーツ着てるからって、何もなかった保証はあるのか?」

え…と真里亜が真顔で固まる。

「もしや、情事のあとにもう一度スーツを着たと?」
「じ、情事って…」

ブッ!と思わず吹き出してから、文哉は不敵な笑みで頷く。

「ああ、そうだ。自分で着たのか、智史が着せたのかは知らんがな」
「え…。そ、そんな。やっぱり私…?」

両手で頬を押さえながら、真里亜は呆然とする。

だが文哉が肩を震わせて笑いを堪えているのに気づくと、真里亜は、あー!と声を上げた。

「嘘なんでしょ?からかってますよね?私のこと」
「引っかかるお前が悪いんだろ」
「酷い!私、本気で青ざめたのに!」
「良かったな、智史に襲われなくて」

ククッと文哉がまだ笑いを収められずにいると、俺がなんだって?と声がした。

振り返ると、頭をタオルで拭きながらバスローブを着た住谷が部屋に入ってくるところだった。

はだけて見える胸板が男らしくて、真里亜は顔を真っ赤にする。

「す、住谷さん!服を着てきてください」
「ん?どうして?」

視線を逸らす真里亜に、わざと近寄ろうとする。

「お前に襲われるかもしれないって怯えてるんだよ」

文哉が含み笑いをしながら、住谷のバスローブの胸元を整える。

(ひゃー!!何?この恋人同士の熱々ぶりは)

真里亜は、完全に背中を向けて必死で気持ちを落ち着かせる。

「あらら、嫌われちゃった」
「バカ。お前が悪いんだろ?」

更に聞こえてきた二人のラブラブな口調に、真里亜はもう顔から火が出そうな気がした。

「あ、あの、私…。そうだ、仕事!仕事しないと」

急に思い出し、慌ててデスクに座ろうとすると、文哉と住谷が揃って笑い出した。

「真里亜ちゃん、今日土曜日だよ」

住谷の言葉に、え?と真里亜は目をしばたかせる。

「そ、そっか。土曜日…」
「うん。仕事は休み。ね、良かったら一緒にブランチでもどう?」
「いえ!それはだめです」
「どうして?」
「その、これ以上お二人のお邪魔をする訳にはいきません。それでは私はこれで失礼します」

え、真里亜ちゃん!と呼び止める声を聞き流し、真里亜は鞄を手に急いで副社長室をあとにした。