「お?アベ・マリアじゃないか。どうした?天上人がこんな下界のカフェテリアにいるなんて」
「あ、藤田くん!やだ、天上人なんて。何言ってるの?」
「だって上にもカフェテリアあるだろう?あ、アトリウムラウンジだっけ?」
「ああ、うん。でもなんか、ここの方が落ち着くからさ」

副社長室を出た後、真里亜は人事部に近い3階のカフェテリアに来ていた。

副社長が部屋にいる時に休憩を取るのは気が引けるが、今は住谷がいる。
邪魔をしないように、少しゆっくりしてから戻るつもりだった。

「なんかあったのか?」

コーヒーカップを手に、藤田が向かいの席に座る。

「そういう訳じゃないんだけど…。ねえ、藤田くんって恋人は女の子派?それとも同性派?」

へっ?!と、藤田が素っ頓狂な声を出す。

「え、何の話?恋人?お前なあ、俺はてっきり、深刻な悩みでもあるのかと心配してたんだぞ」
「そうなの?」
「当たり前だろ。女性秘書がみんな逃げ出した冷血副社長に、秘書課でもないお前がつくなんて。さぞかし辛い目に遭ってるのかと思いきや、恋人の話かよ?」
「だって、真剣に悩んでるんだもん」

住谷に、副社長の前で「真里亜ちゃん」などと呼ばれては、二人の仲が険悪になってしまう。

もしかするとまさに今、副社長と住谷がモメているかもしれないと思うと、部屋に戻るのも気が重かった。

「部長も心配してたんだぞ?この間お前が泣きついてきたからな。どうなんだ?その後、副社長とは。イジメられたりしてないか?」
「ああ、うん。イジメられてはない。副社長は相変わらず無愛想だけど、でも慣れたというか、別に平気」
「へえー、さすがだな。やっぱりお前って肝が据わってる。図太いな、アベ・マリア」

真里亜は眉間にしわを寄せる。

「もう、藤田くん。なんか色々引っかかるんだけど」
「褒めてるんだよ、これでも。一度は逃げ出そうとしたのに、ちゃんと戻って踏ん張ってるんだろ?慣れない秘書の仕事もこなしながらさ。それってすごいことだぞ。誰にでも出来るもんじゃない」

そうかな…と真里亜は呟く。

「そうだよ。でも悩み事があるなら、一人で抱え込まずに相談しろよ。部長にでもいいし、俺でもいいからさ」
「うん、分かった。ありがとう!藤田くん。なんかちょっと元気出た」
「そっか!」

真里亜が笑顔になったのを見て、藤田も嬉しそうに笑った。