コンコンとノックの音がして、文哉は顔を上げる。

「どうぞ」
「失礼致します」

お辞儀をして副社長室に入って来たのは、真里亜だった。

「真里亜?!どうした?今日は休んでいいんだぞ?」
「あ、はい。でもやることが色々ありますし」
「昨日帰国したばかりで疲れてるだろう?無理しなくても」
「いえ、たっぷり寝たので体調もばっちりです。それに副社長が出勤されてるんですから、秘書も一緒でないと。今日は社長にキュリアスの件、ご報告に伺わなければいけないですよね?」
「そうだけど…」

戸惑う文哉をよそに、真里亜はテキパキと準備を進める。

分かりやすく分類分けした書類を文哉のデスクに置くと、真里亜は給湯室に向かった。

(いつの間にこんなにたくさんの書類を?)

文哉は、真里亜の作った資料をペラペラとめくる。

目を通しながら、あ!そう言えばこれ忘れてたな、という項目もあり、自分が作ろうとしていた資料がいかにずさんだったかを思い知らされた。

(うん、完璧だ。真里亜のこの資料さえあれば、あとは何もいらないな)

それなら早速、社長に報告に行こうと内線電話に手を伸ばした時、どうぞ、と真里亜がデスクにマグカップを置いた。

「ありがとう。ん?このカップは?」

いつもの見慣れたカップではなく、新品のそのカップには、オシャレなニューヨークの街並みが描かれている。

「ふふっ、ティファニーのマグカップです」
「え?ティファニーって、ニューヨークの?」
「はい。副社長が私にプレゼントを選んでくれている時に、私も何か贈りたくて。なんて、全然釣り合わない物ですみません」
「何を言う。すごく嬉しいよ。ニューヨークは俺にとって、大切な街になったから」
「私にとっても、です」

そう言って真里亜は、お揃いのカップを文哉に見せる。

「ありがとう、真里亜。大切に使わせてもらうよ」
「はい」

二人はニューヨークの思い出を胸に、見つめ合って微笑んだ。