「彩美……? ごめ」

 和也が私を見て言葉を飲んだ。私は震える手でまた包丁を取り出していた。

「彩美! ま、待て! やめろっ! 話し合おう!」

 和也は逃げようと後ずさり、何かに躓いて尻もちをついた。

「ひぃ、あや……み」

 和也は怯えたように私を見ている。人間は危険を感じたとき、手で頭を庇うものなんだなとぼんやり思った。そんな和也を見て、私は自分の口から乾いた笑いが出るのを聞いた。
 私はこんな男に夢中になっていたのか。こんな男のために、私は自分の人生を犠牲にしてきたのか。私の人生はなんだったのだろう。

 結局、駄目だった。今回も駄目だった。
 私はこんな和也に惹かれることを止められなかったし、和也以外に興味を持てなかった。
 和也の浮気癖もなおらなかった。

 どんなに時間を戻しても、私と和也は幸せになれない。

 でも、もうそんなことはどうでもいい。
 疲れた。
 和也にも。自分にも。
 でも。それでも私は。
 手にしていた包丁を自分の首に思いっきり突き刺した。
 びゅっ。
 私の首から赤い血が吹き上がる。

 ああ。紅い。

「ひ、ひいいいい! あや、彩美! ああ! 彩美!」

 和也の声が遠くなる。
 
 なんだ。初めからこうすれば良かった。
 あの男は殺す価値もない。
 そして、私も生きる価値はない。
 こうすれば、少なくとも和也は死なない。

 痛みはあまり感じなかった。
 ただ、ゆっくりと視界が悪くなって。
 耳が聞こえなくなって。
 後は。
 分からない。