「さっき……盗み聞きしちゃった」



「え!何を?」



僕は振り返り、見向きもしない森本さんの後ろ姿をただ見守っていた。



「先生と話してるの」



「あーあれね。別に大した話じゃないし」



「その……ごめんなさい!一ノ瀬くんのこと何も知らないのに、朝……酷いこと言って!」



森本さんはゆっくりと振り向き、僕に向かって深く頭を下げた。



「あッいや、別にそんなに謝らなくても……」



「ううん、それじゃあ、私の気が済まないの!分かっていないのは私の方だったんだし!それに私のこと、ずっと気にかけてくれてたんだよね?」



「えっと…それはまぁ」



「ホントごめんなさい!一ノ瀬くんの気持ちも知らないで、私……なんてこと……」



深く頭を下げ続けたまま、

森本さんはピクリとも動かなかった。


もの凄く反省してる。

その光景を目の当たりにして、僕の限界に達した感性は溢れ出し、思わず笑ってしまっていた。



「……プッ、ハハッ」



「え?何がそんなにおかしいの?」



急に笑い出す僕を見て、森本さんは髪や肌、服などに何か付いているのではないかと、何やら勘違いしていた。



「えッ!いや、その……怒ったり謝ったり感情ぶっ壊れてんなぁっと思って」



「えっ?それ……もしかしてバカにしてる?ふふ」



先程まで曇っていた表情が、

みるみる緩んでいくのが分かった。



「さあ〜?どうでしょお〜?」



僕は優しく森本さんの額にデコピンをかます。

森本さんが僕を受け入れてくれた気がして、何だか気分が晴れた。


それに、

初めて笑った表情を見て、僕は安堵する。



「イッタァーー!ちょっと何すんのよォ!こっちは真剣に謝ってんのにィ〜!もォ〜揶揄わないでよねェ〜」



「はは、ごめんごめん。もう帰んの?」



「えっ!帰るけど……」



「じゃあさ、一緒に帰ろうぜッ!顰《しか》めっ面《つら》さん」



僕は微笑み、返事を待たずに、教室を後にした。