琴美姉ちゃんはゆっくりと産まれてきたばかりの我が子を、航兄ちゃんに抱かせるようそっと置いた。



小さな愛娘の温もりを感じ、念願だった女の子を抱っこすることができた。



そんな親子の光景を見て、

母さんたちは涙を流していた。



「産まれたよ!航くん」



「……」


琴美姉ちゃんは優しく航兄ちゃんに呼びかけるが、口を開くことはない。



航兄ちゃんを縦横揺らしながら、返ってこない言葉に琴美姉ちゃんは生きる気力を失いかけていた。



「……ねぇ……ぅっう、お願、っだから目を覚まし、ッてよ」




琴美姉ちゃんは止まらない涙を何度も拭って、航兄ちゃんが奇跡を起こしてくれないかと、何度も何度も揺さぶり続けた。



「約束……してくれたじゃん!辛いときは……ぅっ、俺が守ってあげるからって!ねぇ、航くん……わ、航くん……ぅっう」



こんなに辛いことなんてないよ。



航兄ちゃんだって、琴美姉ちゃんだって、

幸せになる権利はあるはずなのに……。



こんなの酷いじゃないか。



何もしてやれない、なんて声をかけていいか分からない僕は、琴美姉ちゃんの背中をさすってやることしかできない。



「虹《にじ》ちゃんだよ」




反応がない航兄ちゃんにもう一度、琴美姉ちゃんは呼びかけた。



そしたら、

反応がなかった航兄ちゃんの目から、一粒の涙が溢れる。



これも反射って、

先生は科学的なことを言うのかな?



僕には琴美姉ちゃんの想いが伝わったように思えた。



「虹ちゃん?」



母さんは突然でてきた名前に、

何のことか分かっていない。



当然、僕たちも。



「えっと……航くん、虹が好きだったんですよね。だから、『産まれて来たら虹にするんだぁ』って航くんが名前決めてたの」



「そっか、虹ちゃんか!いい名前だね」



僕は航兄ちゃんらしいなと思った。



それと同時に、

奇跡なのか分からないけど、

窓の向こうに映る虹を見ては、

少しだけ気分が晴れた。



虹には人を勇気づけるパワーみたいなものがある。



だから、僕も虹が好きだ。



それに、虹が好きな兄ちゃんも。