私は走って街の西門を目指す。
 ジェフリーの話によると、サディアスたちはそこで待ち合わせしているらしい。

 人の波に阻まれたたらを踏みつつ道を変えながら足を進める。
 どんなに走ってもサディアスの姿が見えず、ひどく焦燥に駆られた。

「お願い、間に合って……!」

 さっき門に向かったばかりなのにもう王都に発ってしまったのではないかと、嫌な予感が過るせいでじっとりとした汗をかいてしまう。
 泣きそうになりながら走り続けるうちに西門が見えてきた。

 門の近くには質素な馬車が二台あり、サディアスがその前に立って中にいる人と話している。

「サディアス!」

 腕を精一杯伸ばしてサディアスの背中に抱きついた。
 初めて触れるサディアスの背中は大きくて、厚くて、温かくて、安心する。それなのにサディアスが私の手に触れて、そのまま外されるのではないかと思って抱きしめる力を強めた。
 
「どうして、私に何も言わずに王都に帰るの?!」

「ジェフリーから聞いたよ。私に黙ってここを去るつもりだって!」

「急に現れて急に消えるなんてあんまりだよ!」

 畳みかけるように、不満が次々と口から零れ出る。

 少しでもサディアスにくっついていたくて頭を押し付けると、サディアスの手がやんわりと私の腕を解く。
 当たり前の事だけれど、私の渾身の力なんてサディアスの腕力には到底叶わないのだと思い知らされた。

 ゆっくりとサディアスの背が離れるのを、あきらめに似た感情を抱いて目で追っていたその時、サディアスはぐるんと体の向きを変えて、正面から私を抱きしめる。

「……ティナ、どうやら金ぴか狼にしてやられたようだな」
「え?」
「俺はまだ帰らねぇよ。俺の手で最高に綺麗に着飾ったティナを置いて帰るわけないだろ?」

 顔を上げればサディアスは苦笑して、「せっかくの化粧が落ちちゃったけどな」と言ってハンカチで目元を拭ってくれた。

「サディアスが神殿の騎士を辞めて王太子殿下の護衛になったのは、本当?」
「それは嘘じゃない。ティナ以外の聖女に仕えるつもりは無いから王太子殿下の護衛騎士になることにしたんだよ。前から声がかかっていたからな」
「王太子殿下の護衛ならやっぱり、帰らないといけないんじゃない?」
「いいや、気が向くまで休めばいいとのお達しだから気が向くまでここにいる」
「……本当に?」
「ああ、本当だ」

 サディアスがまだここにいてくれる。そう聞いただけで、ホッとして全身の力が抜けてしまいそうだ。
 今日お別れを言おうと意気込んでいたのに、サディアスが帰ってしまうと聞かされてからずっと、どうしようもない不安に襲われ続けていたのが情けない。

「と言うことで、俺たちはデートの続きがあるからもう帰ってくれ」

 サディアスは片手で私を抱きしめ、反対側の手を馬車の中にいるエレイン様たちに向けてしっしと追い払うように振る。
 なんとも無礼な態度だ。諫めようとしたらエレイン様が馬車の中から顔を出してサディアスを睨みつける。

「嫌ですわ! ティナお姉様とお話しないと帰りませんわよ!」
「おい御者、さっさと馬車を出せ。何を言われても止まるな。まっすぐ王都に行け」
「いいえ! 今すぐ止まりなさい!」

 二人から正反対の指示を出されてあたふたとしている御者が可哀そうだ。
 見かねた団長さんがエレイン様とシャーロットを宥めつつ「もう出してください」と指示したのが聞こえてくると、馬車は門をくぐってフローレスを発つ。

「みんな、どうか無事に帰ってね」

 両手を胸の前に組み祝福の呪文を唱える。
 それが終わるのを見計らって、サディアスが私の手を取った。

「ほら、祭りの続きを見に行くぞ」
「……うん」

 金色の瞳を見つめ返すと、長い指が私の指に絡められる。
 私はその手を握り返しつつ、この気持ちをどう伝えるべきなのか考えを巡らせた。