「二人とも、営業妨害になるから店先で喧嘩するのは止めて!」

 私が叱ればサディアスとエレイン様は口を閉じて、しゅんとしてしまった。
 こんな様子もまたお決まりの流れで。
 かつて一緒に過ごした日々を思い出してしまい、懐かしくなる。

「そうだな。ここでは目立つし、俺の行きつけの店で詳しく聞かせてもらおうか」

 馴染みがある声がして振り向くと戸口にジェフリーがいて、今日はお忍び用の服装ではなく、領主らしいかっちりとした上下を着ている。
 
 ジェフリーがアビーさんに事情を説明してくれて、私は今日は仕事を切り上げることになった。
 忙しい時に抜け出してしまうのを躊躇っていたのだけれど、大衆食堂の女将さんが私の代わりに店に立ってくれることになったのだ。

「女将さんも仕事があるのにいいのですか?」
「いいの、いいの! ウチは旦那が上手く回してくれるから心配いらないよ。お友だちとは会える時にたんと話さないと、いつか後悔するから行っておいで」
「っありがとうございます」

 そんな心温まるやり取りをしていたのに、気づけばサディアスとエレイン様がまたもや言い争いをしている。

 ……感動の再会どころではない。
 
 相変わらず喧嘩ばかりする二人には呆れてしまうけれど、それでもこの光景はもう見れなくなってしまうと思うと寂しくなる。

 フェリシアの祭日でサディアスに「もう護ってくれなくていい」と伝えれば、サディアスは王都に帰るだろう。
 私には新しい仕事ができたし、この街で顔見知りも増えてきたんだから、一人で生きていけると判断してくれるはずだ。

 これからは私は平民の世界で、サディアスは貴族の世界で、生きていくことになる。
 本来いるべき世界に帰ることになるのだ。

「ティナ、遠慮しないで行っておいで」

 アビーさんからも送り出してもらい、私はエレイン様たちと話すことになった。

 ちなみに店を出るとき、アビーさんが「領主様、うちの胃薬を差し上げますのでご自愛ください」とジェフリーに言っているのが聞こえてきた。

     ◇

 ジェフリーに連れられて行きつけのカフェに着くとすぐに、団長さんたちは騎士らしく膝を突いて謝罪の言葉を口にした。

「ティナ! 俺たちが至らなかったばかりに嫌な思いをさせてすまなかった!」
「ちょ、ちょっと団長さん! 頭上げてください! みんなも仰々しく膝を突かなくていいから!」
 
 私たちしかいない店内だからまだよかったものの、この様子を街の人たちに見られてしまえば最後、騎士たちを跪かせた得体のしれない女として警戒されてしまっていたことだろう。

「おいおい、謝って済むなら騎士団はいらねぇぞ」
「サディアス! 元上官に何てこと言うの?!」

 サディアスは私をしっかり抱きしめつつ団長さんたちを睨みつける。
 今は親の仇を見るような眼差しを向けているけれど、オネエだった頃のサディアスは「団長はアタシの好みど真ん中なのよね♡」なんてよく言っていたものだ。

 そんな元部下に無礼な態度をとられているのにも拘わらず、団長さんはほろ苦い表情を浮かべる。

「……サディアス、それが本当のお前なんだな」

 その言葉を聞いたサディアスが息を呑むのが聞こえてきた。
 少しの沈黙が降りた後、サディアスが苦々しく口を開く。

「俺のことなんてどうでもいいのでティナに真実を話してください」
「わかった。今日はティナの誤解を解きに来たのだから、ちゃんと説明するよ」

 いつもは精悍で頼もしい団長さんが、バツが悪そうに頭を掻く。
 こうして私は、神殿長にクビを言い渡されるまでの経緯を知ることになった。

     ◇

「……つまり、私のために辞めさせたってこと?」
「そうだ。これ以上ティナの自由を奪いたくなかったから俺たちは新しい聖女を迎えることにしたんだ。ちょうどシャーロットが力を発現したからいい機会だと思っていたのだが――」

 団長さんの眉間にグッと皺が寄る。
 差し向かいの席に座っていたはずの団長さんは立ち上がると、逞しい体を折り曲げて見事な直角を作る。

 それに倣って他の騎士たちも立ち上がって頭を下げた。
 追加の紅茶を持ってきた店主がこの光景を目撃してしまい、苦笑を浮かべている。

「口下手な神殿長に任せた俺が悪かった。あのおっさん、ティナには理由を話していなかったそうじゃないか。急にティナが姿を消したから不審に思っていたが、いきなり辞めろと言われたら誰だって不快な気持ちになるし、すぐに出ていきたくなるだろう。本当にすまない!」
「じょ、状況はわかったので頭を上げてください!」

 私がクビになった本当の理由。
 それは、騎士団の皆からの配慮だった。

 皆は私と一緒に魔物退治に行く中で、私のことをよく見てくれていたのだ。

 街中で同い年くらいの女の子たちを見て羨ましそうにしていたこと。
 騎士のお姉様たちの恋愛の話を聞いて憧れていたこと。
 聖女だから好きなものを食べることも好きな服装で着飾ることも我慢してきたことを。

 自由を知らず、恋も知らないまま大人になっていく私を見ているのが辛かったのだと。
 このまま私を聖女の使命で縛り続け、遠征についていけなくなるくらい年老いた時にようやく解放するなんてあんまりだと、嘆いてくれていたらしい。

「まさか神殿長がすぐに辞めさせるとは思っていなかったんだ。ティナに話す日くらい教えてくれたってよかったのに! 何も知らなかった俺たちはティナを身一つで神殿から追い出してしまった。本当にすまない!」
「わ、わかったから頭を下げないでください! そして椅子に座って!」

 私が気づけなかっただけで、皆から大切にされてきたのだ。
 その事実を知った今、やけくそになって誰にも挨拶せずに王都を飛び出してしまったのを恥ずかしく思う。
 あの時は、聖女をクビにされたのはもう必要とされていないものだと思っていたから。

「王国の平和のために身を捧げ続けてくれたティナお姉様には、引退するときに男爵位を授けようと国王陛下(お父様)がお話していましたの。それが、情けない大人たちのせいで延期になっていますのよ」
「爵位、ですか?」
「ええ、病人の治癒から魔物退治まで、あらゆる面で活躍していたティナお姉様に爵位を授与するのは当然ですわ。ティナお姉様の話を聞いて聖女に憧れる女の子はたくさんいるのですわよ。あまりにも人気ですから、王都では多くの画家がフードの下に隠されたティナお姉様の素顔を想像して《紅薔薇の聖女》の絵を描いて売っていますわ。それに、ここにいるシャーロットもティナお姉様に憧れる女の子の内の一人ですのよ」

 エレイン様は優雅な所作で私の手を取る。

「だからティナお姉様、一緒に王都に戻りましょう? これまで王国に貢献してくださったティナお姉様には、一生働かなくてもいいほどの褒賞が出ますわ」