ケーキが作れなくなった段階で開発課にはいられなかった。そのため、人事課長が自分を人事に入れてくれた。俺は客の言いなりになっていた社員軽視のこの会社を、異動を利用して変えてきた。

 あれから仕事に全てを捧げ、プライベートをあまり作らないようにして忘れようとしてきた。最近疲れてしまい、お笑い番組を見て、空虚に笑う自分にも疲れてきていたところだった。

 そんなとき、ケーキを買いに来ていた店以外で彼女を初めて見た。苦情に健気にひとりで対応している姿を見て、とっさに庇ってしまった。

 その後、彼女はいつも通り嬉しそうに店へ来て、いつものフルーツケーキを買って帰った。このフルーツケーキは俺と有紀が何度も試作をしてリニューアルさせた商品だ。俺にとって思い出の商品。

 あれを笑顔でいつも買いに来る彼女を見て、ケーキを作れなくなっていた俺はどこか癒やされていたんだと思う。そしてその彼女のピンチをどうしても見ていられなかった。無意識に身体が動いて助けてしまったのだ。

 まさか、その彼女がうちを希望して面接に来るとは思ってもいなかった。そして、俺とのエピソードを大切な思い出として面接で話してくれた。益々嬉しかった。

 彼女を育てて、立派なOLにしてやりたい。そう思っただけだったのだ。