「騙されました」

 彼女との約束通りこのボロボロの離宮にやってきた伯爵に対し、銀髪金眼の麗しの美少女はぷくっと頬を膨らませ開口一番にそう不満を訴えた。
 彼女の名前はベロニカ・スタンフォード。この国の13番目の王女様である。

「騙された、とは?」

 いきなりベロニカに詰め寄られて覚えのない訴えをされたキース・ストラル伯爵は、はて、一体なんのことだろうかと首を傾げる。

「伯爵のヘタレっ! 石頭! 真面目っ!」

 そんな伯爵に対し、ベロニカは思いつく限りの悪口を述べるが、

「約束通りちゃんと今夜も暗殺に来たというのに、随分な言われようですね、姫。あと最後のは悪口になってないですよ?」

 せめて生真面目って言わないといつもと変わらないローテンションで伯爵はさらっとそう言った。

 一国の姫と貧乏伯爵。本来なら関わるはずのないこの2人の関係は、暗殺対象者と彼女の専属暗殺者だ。
 この奇妙な関係はベロニカがこの国の王家の13番目に生まれてきたことに起因する。
 この国の13番目の王の子は呪いを受ける。
『天寿の命』
 寿命以外では死ねなくなる呪いにかかっているベロニカは呪われ姫と呼ばれ、呪い子を暗殺せよという陛下の命令でベロニカには莫大な褒賞金がかかっている。
 数多の暗殺者に狙われるベロニカがこんな生活に終止符を打つために自ら選んだ暗殺者。
 それが離宮に忘れ物をして行ったお人好しの伯爵だったのだが。

「伯爵のお家の子にしてくれるって言ったのに、全然そんな気配ないじゃないですかっ!」

 と、ベロニカは全力で抗議する。

「姫は俺の養女になりたいんですか? 5つしか変わらない娘かぁ。ちょっと悩みますね」

 うち借金まみれの貧乏伯爵家ですけど、そんな家の養女になりたいなんて姫は変わっていますねと伯爵は揶揄うように笑う。

「違っ……伯爵の……お嫁……さんにしてくれ……」

 真っ赤になって顔を伏せ、語尾が小さく消えそうな声のベロニカに、

「自分でプロポーズしてきたくせに、何を今更照れているんです?」

 と伯爵はそんなベロニカを見てニヤニヤ笑う。

「うぅ、伯爵意地悪ですっ」

 まさか伯爵と恋に落ちるとは、正直思っていなかった。
 そして、うちの子になる? なんて言ってもらえるとも思っていなかったベロニカは、初めての感情を持て余しつつ、今日も伯爵に上手くあしらわれているのだった。