「だって、私が生きてたら褒賞が貰えないのに」

「いいですよ。別にウチの借金は俺が何とかするんで」

 まぁすぐには無理ですけどと肩を竦めた伯爵を見ながら、

「あーほらまた泣く」

 ベロニカの金色の目から大粒の涙が溢れ出す。

「……ても、いいんでしょうか? 私、生きたいって思っても」

 それは、ベロニカがずっと目を逸らしてきた願望。 

「ベロニカ様の人生なんだから、ベロニカ様が決めればいいでしょうが。コレはまぁ、俺の勝手な願望です」

 そのベロニカの願望を肯定してくれる人がいる。
 そして、同じ願いを望んでくれる人がいる。
 そう思ったら、ベロニカはもう自身の願望から目を逸らす事ができなくなった。

「……です。私、ホントは死にたくない、です。生きていたくて、でも、誰からも望まれないのが辛くて……」

 だけど、生きて行くには一人ぼっちはあまりに寂しくて。
 がらんとした離宮に取り残された自分の時間がしんどくて。

「じゃあ、俺が望んであげます。生きていて欲しいです。俺は、ベロニカ様に」

 ポンっとベロニカの頭に乗った伯爵の手の重みがひどく心地よくて、ベロニカは心音が速くなる理由をようやく理解した。

「ああ、もう。泣き方までうちのチビ達と一緒なんだから」

 放っておけないと子どもをあやすようにベロニカの涙を拭って頭を撫でる伯爵に、

「伯爵、暗殺依頼じゃなくても……離宮来てくれます?」

 ベロニカは子どもみたいにぎゅっと伯爵の服を引っ張って尋ねる。

「そうですね、とりあえず呪いの解き方解明するまでは」

 そう言った伯爵の言葉を聞き、ベロニカは金色の瞳を大きく瞬く。
 じゃあ、呪いが解けたらもう来てくれない? 
 そんなの、絶対嫌だとベロニカは強く思う。

「責任、取ってくださいっ!」

 きゅっと決意したように涙目の顔でベロニカは伯爵を見上げる。

「はい?」

「だって、私死ぬ気満々だったのに、生きていて欲しいとか、希望をいだかせたのです。最期まで見届けて頂かなければ、割りに合いません」

 困らせるだけなのはわかっている。
 無茶苦茶な事を言っている自覚もある。

「責任って……」

「伯爵の人生、全部ください」

 それでも今、言わなければ後悔するとベロニカはそう思った。

「…………マジか」

 ベロニカの発言に固まったあと、伯爵がようやく言葉を紡ぐ。

「あー困ったな」

 そして、おかしそうに笑い出す。

「一生、大事にしますよ?」

 私、お買い得ですよ! とベロニカは自身の売り込みを始める。

「私、元々自給自足生活だから浪費しないし、大工仕事得意ですし、王宮内出入りしまくってるので政治、経済明るいですし、書類作ったりとかも得意ですし。それから、ええーと」

 そんなベロニカの一生懸命なアピールを聞いた伯爵はベロニカにストップをかける。

「そうじゃなくて、だ。ベロニカ様は手順飛ばしすぎ。しかも俺とあなたじゃ身分差もあってですね、とか何も考えてないんだろうし」

「伯爵みたいにガッチガチに色々考えてたら人生1回じゃ足りないですよ」

 むぅっと頬を膨らませるベロニカの顔が可愛くて、ああもう多分この人から逃れるのは無理だろうなと伯爵は笑う。

「ふっ、ベロニカ様らしい。じゃあ、まぁ。うちの子になります? ベロニカ様」

 しょうがないなと、観念したように伯爵はベロニカにそう聞いた。

「ハイっ!」

 元気よく手を上げて返事をするベロニカに、

「ちなみに、あとうち嫁かペットしか枠空いてませんけど?」

 どっちにします? と揶揄うようにそう尋ねる。

「そこ同列なんですか!? 悩みます」

「……冗談ですよ。ていうか、悩むなよ」

 伯爵と目が合いふふっと楽しげに笑うベロニカは、知っていますとつぶやいた。

「とりあえず、目指すのは解呪かな。それ以外はおいおい」

 まぁ今の状況は問題しかないんだけど、という伯爵をじっとみたベロニカは、

「伯爵」

 と彼を呼ぶ。

「ハイ?」

「私、伯爵の事大好きみたいです。なので、明日からも覚悟してくださいね」

 そう言ったベロニカは、両手を伸ばして伯爵に飛びつき抱きついた。

 こうして呪われ姫に捕まってしまったお人好しの伯爵が、伯爵への気持ちを自覚してしまったベロニカに振り回されつつ暗殺以外の方法で彼女を救うために奮闘するのはまた別のお話し。