「きゅうりはどう切れば良い?」
切り方を教えると、見様見真似ながら丁寧に綺麗に切ってくれた。

「何やっても器用なんだね。」
心菜は感心しながらパスタを茹でる。

「このぐらい誰でも出来る。
これからは俺も料理覚えたいから、時間がある時は教えてくれ。」

蓮さんの料理…
それを食べれる第一号が私だなんて、バチが当たりそうだなと、思いながら料理を進める。

今夜は簡単なカルボナーラと生野菜たっぷりのサラダと、コンソメスープにする。

BGMのように流れていたTVから、北條蓮のCMが流れる。

TVの中の彼はビールをカッコ良く飲み街並みを見下ろしている。

その人が今、隣でビールを飲みながらきゅうりを切ってるなんて不思議だなと、今更ながら思う。

「何?」
やたらチラチラ見てしまったからか、蓮さんが不審に思い聞いてくる。

「…CMと同じビール飲んでるなぁと思って。」

「ああ、欲しいなんて言っても無いのに、定期的に事務所に送られて来るんだ。普段はドイツビールしか飲まないんだが。」

そんな事を堂々と言ってのけるから、

「それは…ここでしか言わない方が…。」
私がスポンサーさんに申し訳ない気持ちになる。

「そうだな。俺なんかを使ってくれてるんだ、感謝しかないな。」

今度は皮肉に聞こえるくらい謙るからどうしたんだろうと思い、

「……何かあったの?」

こういう時、仕事の話しを聞いて良いのか、聞かない方が良いのかいつも迷ってしまう。

蓮さんの仕事はやっぱり特殊だから、一般人の私には分からない世界だ。
あまり深く聞いて欲しくないかも知れない…。

心を探りながら躊躇いがちに聞く。

「契約時に、歌番組以外のTV出演はしないって約束したんだ。それなのに最近は契約違反がばかりだ。そろそろ引き時なのかも知れない。」

「えっ…引き時って?」
意味が分からず蓮さんを見上げる。

「事務所から独立しようと思ってる。」
蓮さんはトマトを一欠片つまみ食いしながら軽い感じで言う。

「そうなの⁉︎」

そんな簡単に独立出来るのかな?
何となく揉め事になりそうで心配になる。

急に口元に蓮さんが一口かじったトマトを出され、反射的にパクッと口の中に入れてしまう。

「うわぁ、甘いこのトマト!」

つい、美味しさにつられて、今の重い空気感と違うテンションで言ってしまうから慌てて口を押さえて。

「…ごめんさい。」
と伝える。

それを蓮さんは穏やかに微笑みなが見つめてくる。

「心菜は心配しなくていい。
今、既に水面下で動いているところだ。独立したら休みも自由に取れるから、もっと心菜との時間も増える。」

いい事尽くめだろという風に蓮さんが言う。

「蓮さんが思うように、仕事が出来るようになると良いね。」

仕事について何も手助け出来ない私は、蓮さんの思うように生きてくれれば、それで良いと思ってしまう。

「そうだな。貪欲なのかもしれないが、これからは仕事だけじゃ無くて、プライベートも大事にしたい。」

器用な蓮さんなら両立出来るだろうなと思う。私はとても無理だ。今でさえこの生活に慣れるのが精一杯なのに…。

「心菜、お湯沸騰してる。」
ぼうっとしてたらコンソメスープがぶくぶくと沸騰していて慌てて火を止める。

「熱っ!!」
蓋を取ろうとしたら持ち手まで熱々で、指先がジンジンする。

蓮さんが急いで火傷した指に流水を当てて冷やしてくれる。

「大丈夫か、痛いか?」 
蓮さんに後ろから抱きしめられるような距離で、心配顔で見下ろされてバツが悪い。

「だ、大丈夫。ちょっとビックリしただけだよ。」