*番外編*

「リリアーヌ、久しぶりの里帰りだ。ゆっくりと羽を伸ばすと良い」

「グランツ様ありがとうございます」

 リリアーヌはグランツと共にシモレンツ辺境伯領へとやって来ていた。

「グランツ様、今日は街でお祭りがあるのですが行ってみませんか?王都のお祭りに比べれば小さなモノですが、賑やかで楽しいですよ」

「そうか、行ってみるとしよう」

 今日は収穫祭が行われていた。

 辺境に住む人々にとって祭りは一大イベントだ。この日のために日頃頑張ってきたと言っても過言では無いだろう。街の大通りには露店が並び、良い匂いが漂っている。子供達ははしゃぎ回り、何を食べようかと露店を見て回る。

 そんな街並みを二人は並んで楽しんだ。

 人々が楽しそうに笑う姿を見たリリアーヌが目を細めると、グランツも嬉しそうに微笑んだ。

 それからゆっくりと二人で歩いていると、見覚えのある場所を見つけた。

「俺はここに来たことがある」

「……そうなのですか」

 リリアーヌに、俺は昔ここで出会った少女について話を始めた。

 父に連れられてこの土地にやって来た時も、祭りが開けれていた。楽しそうに笑う人々の輪に入る事も出来ず、俺はトボトボと歩いていた。

 出来損ない。

 脳裏にその言葉が響く。

 できの悪い自分に嫌気がさし、苦悩する。

 自分は何故こんなにも何も出来ないんだと、ふがいなさで涙が溢れそうになる。

 回りはそんなことは無いと言ってくれてはいたが、同情の色を見せていた。

 『兄のダグラス様はあんなに出来折るのに、グランツ様は……』

 そんな声が屋敷で囁かれる。

 ダグラス兄様は何でも出来る。

 優秀過ぎる兄。

 俯きながらトボトボ歩いていると、少女に声を掛けられた。

「お兄ちゃんどうしたの?お祭りつまらない?」

「…………」

 無言の俺に少女はコテンと首を傾げた。

 可愛らしい少女に、気づけば俺は愚痴をこぼしていた。

 自分は出来損ないで、普通過ぎる自分が嫌なことを。

 すると少女が木の枝を持ってこちらに渡してきた。

 剣の練習だよ。

 そう言って少女が、棒を振り回す。

 少女とは思えないその剣筋に俺は思わず、力を入れて枝を振り降ろした。すると少女がよろけて転びそうになってしまう。

 危ない。

 俺は咄嗟に、振り降ろそうとしていた手を止めた。

 少女は尻餅をつきながらこちらを唖然とした顔で見つめてくる。それから真っ赤な顔をしながら頬を膨らませた。

「お兄ちゃん弱くも普通でも無いじゃん!私より強いじゃん!」

 その言葉に俺はたじろいだ。

 こんなに小さな女の子に勝てても、はっきり言って喜べない。

 嬉しくないわけでも無いが……。

 少女は大きな瞳をこちらに向けながら、興奮したように声を荒げた。

「お兄ちゃんはこの国で最強になれるよ。私には分かるもん!」

 そんな何気ない少女の言葉に俺は救われたんだ。

 それから俺は騎士を目指した。

 最強は無理かもしれないが、立派な騎士になろうと努力を続けた。

 あの日があったから今の俺がいる。

 昔話をしながら空を仰いでいた顔をリリアーヌに向けると、両手で口元を押さえながら真っ赤な顔で震えていた。

「……覚えていてくれたんですね」

「えっ……」

 リリアーヌのペリドット色の瞳が俺を映し出した。それは昔見た少女の瞳と重なる。

「君はあの時の……?」

 リリアーヌがこくんと頷いた。

「お兄ちゃんはこの国で最強になれるって言ったでしょう」

 その言葉は昔少女に言われた言葉と酷似していた。

 俺が目を見張ると、リリアーヌが嬉しそうに笑った。

 ああそうか……俺はあの時からリリアーヌに心を奪われ、救われていたんだな。

 愛おしさが込み上げる。

「リリアーヌ愛しているよ」

「私もです。グランツ様」

 二人の唇がゆっくりと重なった。