「ごほっごほっごほっ」


明治45年、それはとある小さな村での出来事だった。
4畳ほどの狭い板間に引かれた薄い布団の上で、年老いた男が体を曲げてひどく咳き込んだ。


「お父さん、大丈夫?」


隣に座り、布団の中に手を差し入れて男の背中をさすったのは、まだ若い女だった。
女は地味な着物姿で髪の毛はひとつに纏めている。

20にも満たないその女は一生懸命男の看病をしているが、咳は止まらない。


「ハナ。白湯を持ってきた」


声がした方へ女が振り向くと、そこには女と同い年くらいの男が茶碗を持って立っていた。
ハナと呼ばれた女は茶碗を受け取り、父親の体を少し起こしてそれを飲ませた。


「ありがとう」


男はしわがれ声で礼を言い、また床に臥せってしまった。
青白い顔をして目を閉じる父親を、ハナは心配そうに見つめている。


「どうしよう武雄。このままじゃお父さんまで……」


そこまで言ったハナの目にはすでに涙が浮かんできている。
実はハナの母親は先日父親と同じ病で亡くなったばかりなのだ。

今ハナが暮らしているでは今までに経験したことのない風邪が流行っていて、1度かかってしまうと翌日には熱を出し、そのまま寝込んでしまうことが多かった。