黄昏時の近所の公園。
 
 子供向け遊具に大学生が座っていたって別にいいよね、と開き直った私は誰もいない公園のてんとう虫をイメージして作られているらしいドーム型の遊具に座っていた。

 梯子で上った先のスペースは、残念ながら今の私には少し狭いけれど今はこの狭さが悪くない。
 

 ゾウのような見た目の滑り台とは違い、このてんとう虫の遊具は両側梯子になっていて、てっぺんで座れるというだけのシロモノだ。
 

“これでどう遊ぶんだろ”

 ぼんやりとそんな事を考えていた私の横から、梯子を途中まで上ったらしい幼馴染みが顔を出す。
 
「はぁ、お前何してんの」

 息を切らせた幼馴染みが思い切りため息を吐いているのを見ると、途端に私はニヤリと頬が緩むのを感じた。


「なーんも! してないよ」
「だろうなっ、くそ、探す身にもなれよ」

 おどけて笑うとチッと舌打ちをされる。
 けれど、幼馴染みの顔は苛立ちよりも明らかに安堵が勝っていて。


「黄昏時って、相手が誰だかわならないくらい暗くなった時に『あなたはだぁれ?』って聞くから『誰、彼』でたそがれ、になったらしいよ」

 私のうんちくをふぅん、と興味なさそうに聞き流しながら上まで来た彼はそのままぎゅうぎゅうの遊具に座る。

 私一人でも大概だったのに、男子大学生が更に増えたせいで二人並ぶともうギチギチだ。

 
「ね、あなたはだぁれ?」 
「残念ながら俺は俺だし、お前もお前だ。何年一緒にいると思ってんだよ、流石に見間違えねぇって」
「そこは好きな女だから見間違えない、とか言って欲しかったなぁ~」
「勝手に言ってろ」

 ちぇ、と今度は私が小さく呟く。
 その否定も肯定もしないところがズルくて、そしてやっぱり好きなのだ。


“いつかはちゃんと言いたいけど”

 幼馴染みという距離感は、近すぎるせいで逆に遠い。

 “フラれたらこの距離ではいられないかも”
 
 この壁をいつか越えたいけれど、そんなリスクばかりが目について最後の一歩が進めなくて。


 ――それでも、私は幼馴染みだから。

「定期的に消えんのまじでやめろよ」
「ちゃんと探してって連絡入れてんじゃん」
「突然『探して』だけ送られる俺の気持ちも考えろって話」
「でも、探してくれるからさぁ」

 あはは、と笑うと彼が今度はさっきより大きなため息を吐く。


「……そりゃ、大事な幼馴染みから頼まれたらそりゃ探すだろ。俺にとってお前は特別なんだから」
「ん、ありがと」
 
 一歩進む勇気がないくせに、それでもこうやって彼の特別だと感じたくて仕方がない。

“この特別が、私と同じ意味の特別だったらいいのに”

 そんな事を考えながら、狭いから、と心の中で言い訳をして彼の腕に少しだけ体を寄せた。


 ――この時間は、一歩が進めない私の、大好きで大切な、そして彼にしか処方できない特別なおくすりなのだから。


 『誰、彼?』の答えが、『彼女』と『彼氏』になる日を夢見て私は少しだけ目を瞑ったのだった。