花を手向けるということ。


 いつもより長い道のりを歩いて、やっと施設が見えてきた。

 この坂を登れば……
 そんなことを考えていると……

「待ちなさい! おい、止まれ!」

 男性の叫び声が施設の方から聞こえてきた。
 ただ事じゃない声色に、思わずまばたきが早まる。

 そして坂の上から男の人が一人、駆け下りてきた。
 金髪で少し小太りで、何故か腕から血が流れてる。一体何があったんだろう……

 無意識のうちに、見ず知らずの彼の心配をしていると、彼は私の腕を強く掴んだ。

「……叫ぶなよ」

 彼は右手に持っているナイフをわたしの目の前に出し、そう脅した。

 全身が震えて、ヒュッと喉が鳴る。
 
 ……なんで? 上手く呼吸ができない。
 まさか自分がナイフを突きつけられるなんて、考えたことなかった。

「なっ、何をしているんだ!」

 少し遅れて坂の上から警察が一人下りてきた。
 警察は、私が人質に取られていることに気付いたのか、少し離れた状態を保っている。

 頬に添えられた刃物のせいか、全身から冷や汗が流れ、次第に目眩がしてきた。
 
 坂の上から十人ほど降りてくるのが見える。恐怖で悲鳴をあげて腰を抜かす女性や、小学生くらいの子供まで……その中には楢島さんもいた。

 だんだんと重くなって落ちていく瞼。
 朦朧とする意識……その集団の中の、あの冷たい眼をした彼と目が合った。